鳥居ここで、映画や音楽のBDソフトを視聴させていただきました。「スパイダーマン3」では、ビルのすき間をすり抜けていくときの空気の震える様子が生々しいです。あまり質のよくないシステムですと、空気が震えるというよりも低音が別の場所でゴーゴーと唸っているだけで雰囲気が出ないのですが、HT-ST7だと低音を伴った風切り音が実体感を持って耳元で定位するので、ビルの壁すれすれをすり抜けていくスリリングな感じがよく出ます。この感じはまさしく、映画の音を造ったサウンドデザイナーの意図がよく伝わる音だと思います。
HT-ST7の開発では、ソニーピクチャーズのサウンドデザイナーに実際に音を聴いてもらってアドバイスを受けたということですが、こうしたサラウンドの再現はサウンドデザイナーの方からはどんな感想をもらったのでしょうか?
R&Dプラットフォーム 情報技術開発部門 シニアエンジニアの中野健司氏。「S-Force PRO フロントサラウンド」のアルゴリズムを担当
中野「スパイダーマン3」は、まさしくソニーピクチャーズのサウンドデザイナーが実際に手がけたコンテンツのひとつなのですが、最終的には「非常に再現性が優れている」と評価していただけました。もちろん、初期はかなり厳しい意見も頂戴しました。マルチチャンネルのハイクオリティな音場や音質をきちんと再現できるかどうかについてはかなり要求が厳しかったですね。また、彼らの考え方もたいへん参考になりました。彼らがマルチチャンネルで作っている音というのは、「スピーカーの存在を感じさせないこと」が根底にあります。ステレオがさらに広がって空間全体を再現するようなイメージで、音は前後左右から聴こえるけれども、そこにスピーカーがあるというようなことを意識させないというものでした。
鳥居スピーカーから出る音を再現するのではなく、映画の持つ空間を再現するということですね。そういう意味では、もともとスピーカーが前側にしかないバーチャル再生はある意味で理にかなっているとも言えますね。
「S-Force PRO フロントサラウンド」ですが、基本的には前方2本のスピーカーによるバーチャル再生でしたが、スピーカー2つでは十分な空間の再現性やスイートスポットの広さに制約があるので、中央の5つのアレイスピーカーを追加し、各ユニットを波面制御技術によって一体感のある音として再現したということですね。
中野はい。HRTF(頭部伝達関数)などの根本となる考え方は通常のバーチャルサラウンドと同じです。5つのスピーカーアレイが加わることで、正確な音場感や情報量の豊かな音を再現できるようになりました。複数のユニットが連携して再生することで音の密度感も高まり、濃厚な音像と豊かな音場感を広いエリアで、しかも周囲の環境も選ばず再現できています。
鳥居仕組みとしては、7つのスピーカーが個別に各チャンネルを担当するのではなく、複数のスピーカーが連動して波面を生み出すことで、本来7chシステムで再現されるべき空間を創り出すというわけですね。
中野その通りです。それは「SURROUND」モードを選択したときのS-Force フロントサラウンドでの動作なのですが、「PURE AUDIO」モードを選択すると、7.1chソフトでは、両端がフロント、中央5つのスピーカーの真ん中がセンター、その隣がサラウンドバック、さらにその隣がサラウンドという役割となって再生を行います。もちろん、サラウンド空間として感じられるように、チャンネルごとの時間差や位相差などは制御していますが、S-Force フロントサラウンドのようなバーチャル再生のアルゴリズムは入っていない純粋な再生モードです。ぜひとも音場感の違いを聴き比べてみてほしいですね。
鳥居それはなかなか興味深い楽しみと言えそうですね。 ちなみに、サウンドバーとは思えない本格的なサラウンドが楽しめるHT-ST7ですが、大音量再生でないと楽しめないのでは?という疑問もあります。深夜に音量を絞って聴くような場合、この音場感は半減してしまうのではないでしょうか。
中野確かに映画の迫力という点では大音量再生の方が有利ではあります。ですが、HT-ST7には、低い音量でも臨場感を損なわない「サウンドオプティマイザー」があります。人間の耳は音量によって聞こえやすい音の帯域と感度が鈍る帯域があります。それを音量に合わせて最適に補正するので、小音量でも大音量と変わらない周波数バランスで楽しめるのです。
音量によって周波数特性を変化させることで、小音量でも大音量でも変わらない周波数バランスを実現する「サウンドオプティマイザー」
鳥居「サウンドオプティマイザー」を使うと、音量を絞っても低音感や細かい情報の再現が明瞭になり、サラウンド感がしっかりと感じられますね。なかなか効果的ですし、いわゆるラウドネスのような低音や高音を不自然に持ち上げたような感じがないのも良いですね。これは、日常的に大音量を出しにくい環境でも、快適に使えると思います。
ここで話題を変えて、中野さんと佐藤さんの役割について聞きたいのですが、アルゴリズム担当の中野さんは言わば動作原理となるプログラムの開発と考えていいのでしょうか?
中野はい、そうです。ですから、僕の仕事はPCに向かっていることが大半で、実際に製品に落とし込む作業を佐藤が受け持ちます。
ホームエンタテインメント&サウンド事業本部 ソフトウェア設計部門 佐藤隆広氏。「S-Force フロントサラウンド」のアルゴリズム実装を担当
佐藤製品に内蔵される基板を設計し、使用するDSPなどに中野が作ったアルゴリズムを入れる作業です。基板のサイズやDSPの能力には限界がありますので、HT-ST7に搭載するアルゴリズムの全てを実装するのは苦労しました。
鳥居中野さんもPC上での設計とはいえ、基板の規模やDSPの能力を考慮してアルゴリズムを作っているわけですよね?
中野その通りなのですが・・・。
佐藤最初のうちは、プログラムの量や処理する作業が膨大でまず実装できません(笑)。今回のアルゴリズムは特に難解で、実装にあたってプログラムを簡潔にしようにも、理解すること自体が大変でした。
中野佐藤にアルゴリズムを渡すときには、ソースコードだけでなく、全体的なフローチャートにします。僕はかなりわかりやすくしたつもりなのですが、今回はまるでわからなかったと言われました。
佐藤内部的な処理については以前の「S-Force フロントサラウンド」とは別物になっていますね。フローチャート自体も普通ならば1枚の紙で済むところが、何枚もの紙を使っていて、規模がぜんぜん違っていましたから。
鳥居最終的な出力が2本のスピーカーか、7本のスピーカーになるかで、チャンネルごとでの処理も大幅に変わりそうですからね。プログラム開発などの難しいことはすべてを理解できそうにないですが、同じS-Force フロントサラウンドであっても、新規開発と言っていいくらい、別物であることはよくわかりました。
音楽ソフトの「クリス・ボッティ・イン・ロンドン」では、96kHz/24ビットの7.1ch音声が実にリアルに再現されました。トランペットのデリケートな鳴り方、生々しい歌唱の実体感のある音など、明瞭な音像が厚みを持って展開する再現は、単品コンポーネントを使った音と同等と言えると思います。さらに、視聴位置から後ろで広がるホールの響きや観衆の拍手もしっかりと再現され、そのホールの客席に自分も居るような雰囲気を感じました。こういう前方音場主体の録音だと、チャンネルのつながりの良さというか、7つのスピーカーがきちんと連携して1組のスピーカーシステムとして動作していることがよくわかりますね。ホールの音や観衆のざわめきなど、音は四方から聞こえているのに、ステレオ再生をしているように音場感がスムーズです。
音楽ソフトなど、映画ではないコンテンツであっても7つのスピーカーは実力を発揮
佐藤信号処理だけでなく、質の高いスピーカーユニットや、その配置、筐体を含めた設計のすべてで作り上げた音ですが、バーチャルサラウンドの効果が非常によく再現できていると思います。「S-Force フロントサラウンド」は、壁の反射を利用せず、スピーカーから出る音だけで音場空間を生み出しますので、部屋の環境や左右の壁との距離を考慮することもなく、自由な場所に置いて快適に楽しめることも特徴です。音質にこだわったという点でHT-ST7はサウンドバータイプとは次元の違う製品ですが、サラウンドバータイプの使いやすさ、設置や設定の簡単さという特徴はきちんと受け継いでいます。
鳥居HT-ST7の音質については、僕も自宅で使わせていただいていてよくわかっているのですが、お世辞ではなく、映画を見るときだけ使うというのはもったいないですね。普通のテレビ番組の音も明瞭でくっきりとした音で楽しめる「TV VOICE」モードも使いやすいですし、音楽再生もかなり満足できる音で楽しめます。
三浦HT-ST7の開発は、なにをおいてもまずは音質ですから、映画だけでなく音楽もきちんと楽しめるように仕上げました。
鳥居なかなか言いづらい面もあるとは思いますが、特定のライバルを想定したりはしたのですか? 他社の同種の製品と比べて負けない音にするとか。
三浦音質的な意味でライバルというか目標としたものはいくつかありますが、それはいわゆるサウンドバータイプではありません。価格的には同等となる海外のスピーカーメーカーの単品システムと比較し、それには負けないものを目指しました。
鳥居なるほど。単品コンポでステレオ再生をしている人でも納得できる音を目指したということですね。志が高いというか、大変な挑戦ですね。
企画マーケティング部門 Sound商品企画部 プロダクトプランナーの得永耕一郎氏
三浦たしかに高い目標ですが、やりがいのある目標でもあります。機構や信号処理、すべての開発メンバーの努力がこの音に表れています。
得永そして、高音質はもちろんのこと、操作性や使い勝手の良さも徹底的に追求しました。HT-ST7は高価格な商品ですし、購入されるユーザーもオーディオ機器に詳しい方が多いのではないかと思います。しかし、それで操作性が犠牲になってはサウンドバータイプの特徴である、ご家族の皆様が簡単に使えるという利点が失われます。そこで、Bluetooth搭載によるワイヤレス再生やNFC対応によるワンタッチリスニングの機能も継承し、リモコンなどの使い勝手の良さにもこだわりました。
Bluetoothで音楽を楽しむ場合、NFCで簡単にペアリングできる
鳥居音楽再生はBluetoothでワイヤレスで楽しめるし、サブウーファーもワイヤレス接続なので配線の引き回しは不要と、使い勝手の良さはそのままですね。 ただ、ちょっと意地悪な言い方をすると、音質のためには機能をそぎ落とす、という選択肢もあったのでしょうか。特にワイヤレス接続は便利なのですが、電波を受信するアンテナを持つということはノイズも拾いやすいわけですから。
ホームエンタテインメント&サウンド事業本部 ソフトウェア設計部門 大嶋健太郎氏。HT-ST7の全体的なシステム制御や操作などのソフト面を担当
大嶋ノイズの問題についてはおっしゃる通りです。僕が担当するのはデジタルアンプの駆動などのオーディオ回路の制御をふくめ、すべての機能を統合的にコントロールする部分ですが、機能が多くなるとノイズ対策は大変です。例えば、入力切り替え時にノイズが出てしまう問題などについては、ソフトウェアの制御で解決しています。Bluetoothなどワイヤレス接続の問題も電波を通しにくいアルミボディ採用のため苦労しました。アンテナ感度を上げると音質に影響が出ますので、機構設計などとも協力して十分な感度を持ちながら音質に影響が出ないようにきちんと対策しています。
鳥居高額な製品なのだから、高音質だけでなく多機能も当然とユーザーは思いますが、やはり高音質と多機能を両立するのは大変なのですね。
得永従来のホームシアターやサウンドバーのユーザー訪問の調査も数多く行いました。その調査結果から、多機能でも簡単に使いたいというニーズがある事を見つけました。
鳥居機能が多すぎて、あるいは操作が複雑で使いこなせないという人は少なくないでしょうね。操作が難しいとせっかくの機能も使わないままになりがちですからね。
得永そこで、大嶋やデザイナーとも相談し、リモコンによる操作や設定メニューの構成を一から見直し、誰でも簡単に使えるようにソフトを再構築しなおしました。
大嶋人の声を聞きやすくする3段階の「VOICE切り替え」機能、サブウーファーの音質を調整できる「サブウーファー トーン」など、細かな調整機能は数多く搭載していますが、操作メニューをわかりやすくすることで、選択しやすくしました。
得永リモコンも、機能を落とさずにボタン数を極力減らして分かりやすくし、音質調整はカバー内に収納する事で、すっきりとしたデザインを実現しました。これにより、お父さんだけではく、家族のどなたでもお使い頂ける商品になったと思っております。
リモコンは閉じた状態でわずか7ボタン、開いても17ボタンというシンプル設計
サブウーファー関連の音質調節など、多用するものは専用のボタンを設けた
鳥居サウンドバーは、映画のためのシステムというわけではなく、音楽など家庭内のエンターテイメントに幅広く使えるものだと思います。僕個人としては、PCやゲーム機と接続するのもアリだと思いますし、テレビと組み合わせたスタイルもリビングでさまざまなAVの楽しみを満喫できるよい形だと思いますね。しかも、これだけの音質のものが作れるとわかったのですから、次はPCオーディオやネットワークオーディオのハイレゾ再生にも挑戦してほしいです。
得永今後もお客様に感動をもたらし、好奇心を刺激し続ける商品を企画していきますので、是非ともご期待ください。
鳥居今までの取材では聞けなかった細かな部分をたくさん知ることができ、改めてHT-ST7の凄さがよくわかりました。今年のソニーはハイレゾ製品を中心に話題作がたくさんありますが、HT-ST7も音の実力やこだわった作りは同等かそれ以上だと思います。今回はありがとうございました。
(Text by 鳥居一豊)
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