進化の止まるところを知らないスタッドレスタイヤの技術

 コートが必要になるとスタッドレスタイヤを履くシーズンがやってきたと実感する。そして日本のスタッドレスタイヤの進化は止まらない。どのタイヤメーカーも約3年のライフサイクルで新製品を投入しているが、その都度性能が向上していて驚かされるばかりだ。

 初期のスタッドレスタイヤは、柔らかいゴムで氷での粘着性を狙うと同時に、パターンに多くの溝を入れることで得られるエッジ効果で氷でのグリップを確保したものだった。圧雪での高いグリップを確保しつつ、その狙いどおり氷上もそこそこグリップしたものだが、オンロードは弱く、高速道路などではブロックがよれてしまい、常に蛇行状態が続くような感じだった。まさにオッカナビックリで急のつく動作など雪道以上に思いもよらなかった。それでもスパイクがなくても雪上でこれだけの性能を発揮するスタッドレスタイヤの性能は、当時は驚きに値するものだった。それ以来、年を追ってスタッドレスタイヤは進化し続け、今ではかなりの氷上性能を発揮すると共にドライでも夏タイヤと変わらないような性能を持つに至ったといっても過言ではない。

 さて、日本の雪質は世界でも稀なほど特殊だ。大陸からの偏西風が日本海で湿気をタップリ吸い上げ、それが日本のアルプスを初めとした高い山に阻まれて、湿気が多く粘りのある大量の雪を日本海側に降らせる。日本の雪は世界中で見てもなかなか手ごわいのだ。

 しかも比較的グリップのよい圧雪ばかりではない。昼間降った重い雪は、太陽の熱などで溶けてシャーベット状の滑りやすい雪になる。夜中になればそれが再び凍り、さらにスタッドレスタイヤなどのブレーキングで磨かれて、ツルツルのブラックアイスバーンになる。0度付近になれば、氷の表面が溶け出して、表面に薄い水膜をつくる。日本の冬の道はまさに千差万別。だからこそ日本のスタッドレスは独自の技術で進化してきたのだ。

一見濡れた路面に見えるが、日中溶けた雪が、夜中に再び氷ったブラックアイスバーン 交通量の多い交差点などで、クルマの発進・停止によって磨かれてできるミラーバーン 北海道などの極寒地でクルマから落ちた水滴が積み重なってできる凸凹のソロバン路面。接地面積が減るのでグリップしにくくなる
ソロバン路面の上をクルマが走ることで、凸凹が変形したり連結したりして洗濯板の様な路面になる 交通量の多い峠などで、圧雪路が何度も踏み固められることで発生する圧雪アイスバーン 凍結防止剤によって固まらなくなった砂雪がアイスバーンの上に重なると、ベアリングの役目を果たし、滑りやすくなる

新しく登場した横浜ゴムの『アイスガード ファイブ』

 そんな日本のスタッドレスの中でも、あらゆる路面でバランスのよい性能を発揮すると定評のある横浜ゴムのスタッドレスタイヤ『iceGUARD(アイスガード)』シリーズに新製品が加わった。製品名は従来の『アイスガード iG30+(トリプルプラス)』から『アイスガード iG50』になり、愛称はわかりやすい『アイスガード ファイブ』となる。


あらゆる状況で性能を向上した『アイスガード ファイブ』

 『アイスガード ファイブ』の開発テーマはズバリ『STOP!』。どのような路面でも安心して止まれることを目標としている。アイスバーンでヒヤッとした人、シャーベット状の雪で水に乗って怖い思いをした人なら、ブレーキが効かないことに一番の恐怖を感じるのは当然だ。『アイスガード ファイブ』はこのstop!に対して開発目標を置くと同時に、更にあらゆる路面、そして省燃費にも対応するために、従来の『アイスガード トリプルプラス』から大幅なモデルチェンジを図った。

 トレッドパターンとしては、イン側とアウト側の非対称パターンを採用、1本のストレート溝と2本のサブ溝によって構成されている。比較的ゆっくり走ることが多い氷上性能はイン側が担当。アイスバーンに適応するようにブロックを大きくして、接地面積を上げるとともに、サイプ(細い溝)の密度を上げることで、エッジ効果や吸水効果を高めて氷上性能を確保。比較的走行スピードが速くなる雪上での性能は、コーナリングで荷重がかかるアウト側が担当。溝面積を増やして排雪性を向上させるとともに、ブロック剛性を高くして操縦安定性と剛性感を確保している。また、サイプは綿密な計算のもとで、ブロックよれを起こさないように配置。各ブロックが路面からの荷重で倒れ込まないように、互いのブロックを支え合うような3D構造の形状を採用しており、ブロックの倒れ込みを防止、しっかりと路面をホールドできるような構造になっている。左右非対称パターンは見た目にもなかなか力強いデザインだ。

『アイスガード ファイブ』ではイン・アウト指定の非対称パターンを採用。タイヤサイズによって2種類のトレッドパターンを用意する
アウト側は大きな溝により雪柱せん断力を上げ、エッジ力を確保すると共に、ブロック剛性を上げることで、操縦安定性を確保する イン側は接地面積を大きくし、サイプ密度も上げることで、氷上でのトラクション性能やブレーキ性能を向上する
トレッドセンター部には回転方向に大きく伸びるベルト状のブロックを配置。制動時に接地面積を広く確保でき、ブレーキ性能を向上する ブロックとサイプの方向を複雑に組み合わせ、さまざまな状況でエッジ効果を発揮するマルチブロック&サイプコンビネーション

センターブロックのサイプは、トリプルピラミッドディンプルサイプ、そのほかのブロックにはトリプルピラミッドサイプを採用することで、ブロック剛性を確保

 スタッドレスタイヤにとって大きなポイントなるのはコンパウンドだ。ヨコハマスタッドレスの氷上グリップに寄与するのは新開発の「スーパー吸水ゴム」。それを構成する一つである「新マイクロ吸水バルーン」は殻を持っており、その殻が路面に接触することで破れ、氷の上のうすい水膜を取り除く。乾いた氷は滑らないがその上にできるうすい水膜がアイスバーンや雪で滑る要因で、それを除去しようと開発された技術がこの「新マイクロ吸水バルーン」だ。さらに「新マイクロ吸水バルーン」の殻には、理屈上空洞で弱くなるはずのブロックを補強してウェットやドライ路面での剛性感向上にも寄与するという特徴を持つ。

 1985年の『ガーデックス100』からはじまる進化の過程で、この吸水バルーンを基本技術としながら、さらにファイバーやゲルをといった要素を導入することで吸水性能を上げ続けてきたのが『アイスガード』シリーズだ。『アイスガード ファイブ』ではさらにこれを発展させ、路面に接触している部分の、吸水バルーン同士の間に存在する水膜を取り除くために、「吸水ホワイトゲル」と呼ばれるゴムの内部でミクロに分散し吸水を補完する物質を入れて、よりきめ細かい排水を行う。加えて「新マイクロ吸水バルーン」の殻が氷を噛むことで生み出されるエッジ効果も従来品同様に氷上性能に貢献する。

『アイスガード ファイブ』が採用する「スーパー吸水ゴム」。写真は50倍の顕微鏡写真だが、「新マイクロ吸水バルーン」による空洞と、その間に「吸水ホワイトゲル」が散らばって見える 200倍の顕微鏡写真で見た「新マイクロ吸水バルーン」。中の空洞に水を吸い込むとともに、殻の部分がエッジ効果ももたらす 2500倍で見た「吸水ホワイトゲル」。「新マイクロ吸水バルーン」との組み合わせにより、従来モデルより吸水効果が約21%向上したと言う

 タイヤの性能に大きな影響を持つプロファイルは、ころがり抵抗の少ないことで高評価のヨコハマの夏タイヤ『ブルーアース RV-01』で培った技術を活かしたものを採用している。具体的にはよりスクエアなプロファイルを取ることで、横力がかかった時のタイヤのたわみを最適化してエネルギーロスを抑え、ころがり抵抗を低減している。

 余談だが、スタッドレスタイヤに求められている性能は氷上での制動性能が最も大きいが、ドライでの性能要件も意外と高く、同時に省燃費性能に対する期待も大きいというアンケート結果がある。『アイスガード ファイブ』はこれらの要求に応えて、ドライでの安定性の高さにも注目。これまで以上にドライ性能を上げるとともに、省燃費性能の向上を図ったとされる。もともとスタッドレスは使用されるゴムそのもののころがり抵抗が少ないが、さらにこのメリットを進化させている。

走行状態でのトレッド部の発熱を比較。従来モデルの『アイスガード トリプルプラス』(写真左)と比べ、『アイスガード ファイブ』(写真右)ではトレッド部の発熱が減少。これは無駄なエネルギーを使っていない証拠
ショルダー部も同様で、『アイスガード トリプルプラス』(写真左)の方が発熱が大きい。これは『アイスガード ファイブ』(写真右)が無駄なたわみを抑えるプロファイルを採用したため

『アイスガード ファイブ』の性能をテストコースでレビュー

 テストは横浜ゴムの冬季テストコースで行われた。管理された条件下でテストができるのは、ばらつきの少ない評価ができるのでありがたい。

 まずは『アイスガード ファイブ』が最も強く謳っている氷上性能の進化を見るべく氷盤路で40q/hからABSを効かせた状態でのフル制動を行った。テスト条件は北海道の冬としては標準的な気温-5℃、氷温-2℃。比較するタイヤには、先代モデルとなる『アイスガード トリプルプラス』があてられたが、乗り比べるとABSの効き方が若干遅く感じられ、それだけ制動力が勝っている証だと思われた。従来品の『アイスガード トリプルプラス』に対してデータ上は8%ほどの制動距離短縮となっているが、実際にもこのように制動感を体に感じることができた。


マークXに先代モデルの『アイスガード トリプルプラス』(写真左)と『アイスガード ファイブ』(写真中)を装着し、ブレーキ性能を比較。氷盤路は上に雪が乗ると滑りにくくなるが、テストごとにコース状を掃除するため(写真右)、安定した評価ができた
圧雪のテストコースでは、様々なクルマで試乗をすることができた。何台もの試乗車が走る中で、磨かれて滑りやすくなっている個所もあったが、『アイスガード ファイブ』はあらゆるシチュエーションで『アイスガード トリプルプラス』を上回る手応えを感じさせてくれた

 圧雪路ではメルセデス・ベンツなどのFR車やFF車のボルボなどが用意されたが、ハンドル操舵時の重さがあり、それが手ごたえ感として感じられる。圧雪路はもともとスタッドレスタイヤが得意とするところだが、S字コーナーの連続を高速で走行した時もリアの安定性が高く、テールスライドが始まる限界点が上がっているのがわかる。また、コーナーによっては繰り返しの走行で路面が磨かれてアイスバーン状になっているが、このコーナーでもグリップ限界が高くなっており、踏ん張ってくれるのはありがたい。さすがに『アイスガード ファイブ』でも最終的に滑ってしまうが、それまでの時間を稼げることはドライバーにゆとりを与えてくれる。

 圧雪路での駆動力も『アイスガード ファイブ』はかなり高いが、これもコンパウンドの進化と共に新構造のおかげ。ブロックヨレを起こしにくくした「たわみ制御プロファイル」の採用が効果を発揮して、確実に雪面をとらえることができる。同じような進化が圧雪路の制動でも確認できた。

圧雪のテストコースでは、様々なクルマで試乗をすることができた。何台もの試乗車が走る中で、磨かれて滑りやすくなっている個所もあったが、『アイスガード ファイブ』はあらゆるシチュエーションで『アイスガード トリプルプラス』を上回る手応えを感じさせてくれた

 4WDによるスラロームテストでは、ステアリング転舵時の追従性に注目した。従来品『アイスガード トリプルプラス』に対して、定常旋回時のリアグリップ限界が高く、同時にフロントのハンドル応答性もよく、ライントレース性に優れる。従来品もかなりレベルが高いと思っていたが、『アイスガード ファイブ』はこれを上回ったと感じられる。振り回して走っても、グリップさせて走っても、タイヤがキチンとついてきてくれる。

黒いマークXが『アイスガード ファイブ』、白いマークXが『アイスガード トリプルプラス』を装着する。『アイスガード トリプルプラス』でもなかなかのものだと思っていたが、乗り比べると『アイスガード ファイブ』の進化に驚かされる

 スタッドレスタイヤの進化は著しい。『アイスガード ファイブ』はヨコハマタイヤ自身が『YOKOHAMAの最高傑作』と謳っているが、この自信の理由を実際の試乗で強く感じることができた。テストした氷上、圧雪共に試乗を通じて高いポイントを得られたのは評価どおりだが、今回テストできなかった部分でもヨコハマスタッドレスの特徴がある。それはこれまでのアイスガードが持っていたシャーベット状のべちゃ雪での高い性能も維持していることだ。アイスバーン特化型のスタッドレスタイヤにとっては実は意外と盲点なのだが、本州に多い水をたっぷりと含んだシャーベット状の雪の場合、それに乗ってしまってコントロール性が乱されることがある。『アイスガード ファイブ』でも取材を通じて得られたことだが、排雪性に優れたパターンと高いブロック剛性でこれらの特徴的な性能を上げていることがわかった。

 さらに実際の使用では年を追うごとにタイヤ材質の変化による性能劣化が心配されるが、『アイスガード ファイブ』はこの面でもより経年変化に強い材質へと改良が加えられ、加えてころがり抵抗が少なく省燃費性能のよいスタッドレスとして磨きが掛けられている。こうした性能は限られた時間のテストでは評価することは叶わないが、実際の使用場面でもユーザーフレンドリーなタイヤになっていると言えるだろう。

日本を代表するラリードライバーの一人、奴田原文雄選手も『アイスガード ファイブ』の開発には加わっていると言う。『アイスガード ファイブ』を履いたラリーマシンで同乗走行も行われたが、見事なトラクション性能でかなりのスピードレンジで駆け抜けていた

(日下部保雄)