鳥居では、ここからはHT-ST7で目指した「映画の音」を再現するための技術について聞いていきたいと思います。先ほどのダイアローグ/ミュージック/エフェクトという映画の三要素に沿って解説をお願いします。
藤下まずはセリフ(ダイアローグ)です。セリフについては、滑舌を含めて明瞭に聞こえることが第一です。それについては十分な口径のスピーカーユニットを使うことで、広い帯域でしっかりと音を出すことができ、明瞭度の高い再現を可能にしました。
磁性流体スピーカー
鳥居ユニットについては、磁性流体スピーカーを使っていますね。しかも7つもある。見た目からしても堂々としていて立派です。
藤下一般的なスピーカーは振動板を動かすボイスコイルをダンパーで支えているわけですが、機械的なダンパーだと、動きの抵抗やダンパー自体からの不要な音の発生により歪みの原因になります。磁性流体スピーカーは、磁性流体がボイスコイルを磁力で支持することでダンパーをなくし、振動板の動きを滑らかにすることで低歪みを実現しました。機械的な抵抗が減り、ダンパーレスでの振動系の軽量化により音圧も増していますし、より伸びのある再現ができます。
65mmの大型磁性流体ユニットを7基搭載
鳥居続いては音楽です。これについては、純粋な意味での高音質の追求ということでしょうか。
藤下その通りです。7個のスピーカーのうち、両サイドの2つがメインスピーカーとなりますが、ここにはソフトドーム型のトゥイーターを追加し、再生音域を拡大しています。さらに、7個の各スピーカーはすべて個別のアンプによるディスクリート構成のアンプで駆動されます。チャンネル間の干渉をなくし、純度の高い音を再現できます。
メインスピーカーはソフトドームトゥイーターを装備
7基のスピーカー+サブウーファーは、それぞれ独立したデジタルアンプで駆動される
鳥居もちろん、BDに収録された7.1chの信号もきちんとチャンネルごとに独立して信号処理されているわけですから、ワンボディのシステムとはいえ、やっていることは、AVアンプと合計8本のスピーカーを使ったリアル7.1chと変わらないですね。
藤下そのあたりは、HT-ST7も本格的な7.1chに迫るものを追求していますから、一切の妥協をなくしてこだわっています。1組のスピーカーだけで7チャンネルの音を出すのではなく、7本のスピーカーを一体化する発想ですね。
最後の効果音ですが、これは「S-Force PRO フロントサラウンド」を拡張し、「波面制御技術」を採用することで、より豊かな音場空間の再現を可能にしました。
鳥居「波面制御技術」は、両側の2つのスピーカーと、中央の5個のスピーカーを高精度に制御することで、より豊かなサラウンド音場の再現を可能にするものと聞いていますが、これについてもう少し詳しくお教えください。
藤下ソニーピクチャーズからも厳しく言われたことなのですが、「サラウンドとは、前や後ろからただ音が出ていればいいというわけではない。スピーカの存在を再現するのではなく、音像と空間を再現してほしい」ということです。視聴者の周囲を取り囲むスピーカが一体になって、ひとつの空間を作り出すこと、正しい場所から音が出てくることが重要だということです。
鳥居僕もサラウンドを初めて試した頃は後ろから音が出るだけでサラウンドだと思っていましたが、いろいろな作品を見ているうちに、それだけでは不足で、まさにスピーカーがひとつになったような、つながりのよい空間が重要だと気付きました。
伊藤DTSとしても、その点については同意見です。後ろに置いたスピーカーから音が出ているとわかるようでは、本来の映画の音ではないと思います。聴感的にもスピーカーの存在がなくなってしまうように感じることが理想です。
鳥居リアルに7本のスピーカーを置いた7.1chですと、その感じを出すには結構苦労します(笑)。
藤下その点、もともと前にしかスピーカーのないバーチャルサラウンドは、ある意味優位にあると言えます。
バーチャル再生は、HRTF(頭部伝達関数)などにより、人間が後ろから音が聴こえていると錯覚するように補正した信号を再現するものですが、問題は、フロントの2つのスピーカーだけでは、あらゆる場所での音を自在に再現するのが難しいということです。視聴位置をテレビの真正面に固定すればある程度の効果は得られるのですが、うまく追い込まないと、頭をちょっと動かしただけでサラウンド感が失われがちになります。
フロントスピーカー2個によるバーチャル再生の仕組みと問題点とは?
【POINT】仮想的にスピーカーの外側からの音を再現する場合、両方の耳に入る音量差を作り出すことが重要。これに加え、位相特性や周波数特性の違いも両耳それぞれ異なるものにする。
【POINT】2つのスピーカーの外側、たとえば左外側に置く音であっても、右側のスピーカーからも音を出すことで効果を高めている。左側からは効果を高めるための特殊な加工をされた音が出る。
【POINT】ただし、2つのスピーカーだけでは、視聴位置がずれると両耳の距離差が変わってしまうため、想定した効果が得られなくなる。すなわち、良好な効果が得られる場所が狭くなる。
離間した2個のスピーカでのオーディオ再生では、各スピーカの空間特性(指向性など)はスピーカそのものの物理特性に依存することになり、自由に変えることはできない。そのため、一般的な2個のスピーカを使用したバーチャルサラウンドのような音像制御では特定のターゲットエリアでは効果を得ることはできるが、空間特性の制限があるために広いエリアで効果を得るのは難しくなる。
鳥居それを補助するのが、中央の5個のスピーカーというわけですね。
藤下そうです。このスピーカーは5個が等間隔で並ぶ、アレイスピーカー配置を採用しています。これらのスピーカーを高精度に駆動することで、製作者の意図した音像を広い視聴エリアで自在に配置する効果を生み出しているわけです。
鳥居ということは、合計7個のスピーカーは、それぞれがフロント/センター/サラウンド/サラウンドバックというわけではないのですか?
藤下2チャンネル再生の場合、両側のスピーカーがフロントの2本として動作し、中央の5つのスピーカーは動作しません。ですが、サラウンド再生の場合は、フロントチャンネルをはじめ、すべてのチャンネルは複数のスピーカーを駆動して再生し、各チャンネルの音を再現しています。
ソニー独自の「波面制御技術」とは?
スピーカを近接に並べたアレイ状の構成にし、その各スピーカーから出力する位相、振幅などを適切に制御し各波面を空間合成すると、ひとつのスピーカーでは不可能な空間特性を形成することができる。ST7ではバーチャルの制御エリアを広げるようにこの近接アレイスピーカーの空間特性を作っており、これにより従来の2スピーカ制御方式では困難であった広い効果エリアを獲得している。
【POINT】2つのスピーカーに加え、近接配置の5個のスピーカーアレイを加えることで、視聴位置が変化しても良好な効果が得られるようにする。5個のスピーカーを高精度に制御することで、個々のスピーカーから形成される波面を整え、7個のスピーカーでありながら1組のスピーカーのように動作させている。
波面制御技術によるサラウンドのイメージ。広い範囲で、リスナーを自然に包み込むようなサラウンド感を実現
鳥居素人的には、サラウンドスピーカーが内側にある配置に違和感もあったのですが、もともとサラウンドスピーカーとして役割が決まっているわけではなかったのですね。
藤下そうです。複数のスピーカーから出る音が合成されてひとつの音になるわけですから、それぞれにスピーカーがまったく同等のクオリティを持つことは重要です。同じユニットを独立したアンプで鳴らす効果はここでも現れています。また、7個のスピーカーのそれぞれの間隔などでも音の波面をコントロールしています。この配置についてはかなり試行を重ねて最適な配置としています。さらに付け加えるならば、スピーカーの口径も重要でした。人間の耳が方向を認識するには、意外と低域も重要になります。つまり、大口径できちんと低域のレンジも広いユニットを使うことで、よりサラウンドの方向感を認識しやすくなっています。
鳥居この結果として、バーチャルサラウンドの効果が高まったわけですね。従来のバーチャルサラウンドのようなピンポイントでは効果があるけれど、広いリビングなどで、家族みんなで楽しめるというスイートスポットの問題も解消できるような気がします。
藤下その通りです。高精度な波面制御が可能になったことで、良好なサラウンドを楽しめる範囲はかなり広がっています。高級機とはいえ、ワンボディで気軽に使えることはHT-ST7の重要なコンセプトですから、スイートスポットの拡大も製品の大事なポイントです。
合計7個のスピーカーを使っているメリットをまとめると3つの効果がある。音の密度感が高まるという効果。近接したスピーカーアレイの制御のため、耳の感度の高い高域までスイートスポットが広がり、サラウンド効果の向上。直接音主体で壁の反射を利用しないため、部屋の特性に左右されにくく、理想的なサラウンド音場のバランスを維持できる。こうしたメリットのため、密度感の高い音に包まれるような、理想的な音場を実現できている。
スイートスポットが狭いと言われがちなバータイプスピーカーのバーチャルサラウンドだが、HT-ST7には当てはまらない。実際にリスニング位置を変えながら試聴してみると、どの場所でも変わらない良好なサラウンド感を得られる