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実は、上の表を見ても分かるように、電子移動度だけでいうと低温ポリシリコン(LTPS)の方が上だ。 実際、シャープは低温ポリシリコンTFT技術として独自の「CGシリコン液晶」(Continuous Grain Silicon:連続粒界結晶シリコン)技術を実用化している。 ただ、LTPSは、リーク電流(*1)が大きいのだ。そのためLTPSのTFT実現様式では、画素の状態維持を保持するためにTFTを2基直列に接続し、トランジスタにおけるソース-ドレイン間に掛かる電圧を半減させるデュアルゲート式(ダブルゲート式)としている。この構造によりリーク電流を抑え込むわけだ。 LTPSの場合、「電力移動度の高さによりもたらされる微細化」が「デュアルゲート式TFTの採用で高開口率が相殺される」…とまではいかないまでも、「微細化の優位性が削り取られる」傾向があるのだ。 IGZOでは、リーク電流がLTPSと比較して1千分の1と低いため、TFTをシングル構造で実現出来る。すなわち「電力移動度の高さでもたらされる微細化」の恩恵をそのまま享受できるのだ。 液晶画素をルーペで見たときに、黒い格子筋があるのがわかるだろうか。直接的にはこの黒い格子筋はブラックマスクなのだが、実はこの裏にはTFT回路が隠れている。 IGZO半導体では、前述してきたような微細化に向いた特性があるため、このTFT回路全体を微細化・小型化する道筋が見出せるようになる。
つまり、同じパネルサイズで同じ画素サイズの解像度の液晶パネルならば、1画素あたりの開口率を劇的に高くすることが出来るのである。シャープによれば「同解像度パネルであれば1画素あたりの開口率を2倍にできる」とのことだ。 それでは逆に、同じパネルサイズで同じ開口率の画素で液晶パネルを構成したらどうなるだろうか。 そう、その場合は、より解像度の高い液晶パネルを作り出すことが可能になるのである。 IGZO半導体のTFTへの応用は、液晶画素を「高精細化」「高開口率化」へと導いていけるのである。 (*1)リーク電流:超微細化回路で起こりうる、絶縁されている領域に電流が漏れ流れる量子力学レベルでの現象。誤動作、余計な発熱、余計な電力消費をもたらすため、超微細化回路では非常に厄介な問題とされている |
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「休止駆動」により、静止画表示時には従来の1/5〜1/10程度の消費電力を実現できるという |
また、IGZO半導体ベースのTFTは微細化が可能であるため、同一パネルサイズ、同一解像度であれば、液晶画素を高開口率にすることが可能なことは前節で述べた。
高開口率ということは、液晶パネルに必須なバックライトからの光の透過率がよいということである。言い換えれば光の利用効率もよいということだ。
逆に言うと、IGZO半導体ベースのTFTを採用した高開口率画素の液晶パネルであれば、従来液晶パネルと同じ画面照度を得るためには、バックライトの輝度をそれほど高くしなくても済む…ということになる。
そう、高開口率性能も消費電力の削減に繋がるのだ。
IGZOによる液晶パネルは、低消費電力性能の実現は二段構えで実現が出来るのである。
世間の一般ユーザーは「TFT液晶=TN液晶」と誤認している節があるため、そういったユーザーは「IGZOを用いたTFT液晶パネル」と聞くと「IGZOを使った液晶ってTN液晶なんだ」と誤解するかもしれない。しかし「TN」や「IPS」や「VA」は液晶素子の配向モードのことで、それら液晶配向モードの制御は全てTFT回路ベースで駆動されており、「TFT液晶=TN液晶」というのは誤解だ。ちなみに有機ELディスプレイも、各画素はTFTで駆動されているのであえて言うならば「TFT有機EL」となる。
現在スマートフォンなどで採用されているタッチパネルの方式には、幾つかの種類があるが、基本的には微弱な電気信号の変化をセンシングしてタッチ位置を取得している。
液晶パネルにタッチセンサを組み合わせたタッチパネルでは、液晶画素を駆動するTFT回路から微弱な電磁気的なノイズが発生している。このノイズは、繊細な感度でのタッチ位置取得や、微弱な電気信号領域での筆圧検知などにおいては厄介な障害となってくる。
IGZOによる液晶パネルでは、前節で述べた休止駆動が可能となるので、例えば、液晶画素駆動を行っているときにはタッチパネルの動作を休止させ、液晶画素駆動を休止させているときにタッチパネルを稼働させれば、極めてノイズ影響の少ない液晶一体型のタッチパネルが実現出来ることになる。
下図は、シャープが、従来型の液晶タッチパネルと、IGZOベースの液晶タッチパネルとで、実際にタッチ信号のS/N比を計測した実験結果を示したものだ。実験によれば、IGZOベースの液晶タッチパネルのS/N比は、従来の液晶タッチパネルのものよりも5倍も優秀だったという。
これまでは、静電容量式と電磁誘導式とを組み合わせることで実現していたような筆圧感知型の高精度なタッチパネルの仕組みなどを、IGZOベースの液晶タッチパネルならば、静電容量方式だけで実現出来るようになるかも知れない。
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「休止駆動」はタッチパネルの精度を向上させることもできる |
現在シャープが、LTPSの一種であるCGシリコン液晶を小型サイズを中心に展開しているのは、LTPSの製造工程がa-Siの製造工程よりも複雑なためだ。製造コストのかかる大型パネルでは歩留まりを良くしたいので、生産性が相対的にLTPSよりも良好なa-Siの方を採用しているのだ。
IGZOではどうかというと、製造工程がa-Siと同等であり、a-Siの生産ラインをモディファイしてIGZOの生産にそのまま利用できる。つまり、生産性はa-Siと同等だということができるのだ。
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a-Si同等のシンプルな製造プロセスのIGZO。既存の設備も活用しつつ、高い生産性を実現できる |
また、アモルファスIGZO半導体よりもさらに安定した特性を引き出せる結晶状態の新構造のIGZO半導体も、a-Siプロセスと同等だと説明されている。
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新構造のIGZOは、C軸方向(3軸直交座標系における第3軸。XYZ系で言うところのZ軸)に層状に配置された構造で、その特性からC-Axis Aligned Crystal(CAAC)構造と名付けられている。そして、このCACC構造のIGZO半導体は「CAAC-IGZO」と命名された |
ここで、「今後、a-Si、LTPS(CGシリコン)、IGZOの各方式を採用した液晶パネルは、どのようなサイズ展開で棲み分けていくのだろうか」という疑問が浮上する。
おそらく、製造が開始されて10年のCGシリコン液晶パネルは、今後もしばらくは、第6世代(G6)までのマザーガラスを使用した液晶パネル工場で、小型サイズのものを中心に生産していくはずだ。
一方、テレビ用などの大型サイズパネルは、4K2K解像度へ対応させるにしても微細化には余裕があり、歩留まり的にも極めて良好なa-Si液晶パネルが採用されるとみられ、これまで通り第10世代(G10)、第8世代(G8)のマザーガラスを使用した工場で製造されるとみられる。
では注目のIGZO液晶パネルはどうかというと、まだ新しい技術であるため、直近は、小型サイズ、中型サイズが中心となると思われる。
現状では第8世代(G8)のマザーガラスによるパネル製造が行なわれているが、前述したようにa-Si液晶パネルと製造工程が同等なので、さらに大型のパネル製造にも、IGZOをゆるやかに入り込ませていくのではないだろうか。
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大型マザーガラスでの生産も視野に入っており、大画面化への道筋も見えている |
シャープとしては、このIGZO半導体技術は、「絵に描いたモチ」ではなく、実際にどんどん製品へ応用活用していく計画でいる。
というか、すでにIGZO液晶パネル採用製品は、世に出てきている。
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「AQUOS PHONE ZETA SH-02E」と「AQUOS PAD SHT21」で採用されているIGZO液晶 |
2012年11月末現在では、既に発売中のdocomo向けスマートフォン「AQUOS PHONE ZETA SH-02E」、そして近日発売予定のKDDI向けタブレット端末「AQUOS PAD SHT21」の液晶パネルが、まさにIGZO技術を活用したものになっている。
SHT21は1280×800ドット、SH-02Eは1280×720ドットの解像度なので、IGZO技術を高解像度実現に振ったパネルではなく、高開口率、省電力性能に振ったパネルを採用する製品になる。
特にSH-02Eは、約4.9インチの大画面採用で1.5GHzクアッドコアプロセッサ搭載のAndroid4.0スマートフォンとしては異例の「充電無しで2日間使える長時間バッテリー駆動性能」を実現している。携帯情報機器における電力消費のうちの大部分を占めるのが液晶パネルの駆動やバックライト点灯だといわれているので、それらの消費電力を劇的に抑えられるIGZOベースの液晶パネルは、ダイレクトに長時間バッテリー駆動に効いてくるのだ。
それと、SH-02E、SHT21ともに、IGZO液晶パネルの特徴でもある休止駆動を採用しているため、本稿でも解説した高精度タッチセンシングを実現している。SH-02Eは同梱のペンで、SHT21は本体格納のペンで高精度なペン入力が出来るようになっているほか、筆者の実験では、爪先でのタッチまでをセンシング出来ていた。
手持ちのスマートフォンで是非とも試して欲しい。従来のタッチパネルの採用機では爪先のタッチ入力は認識しないはずだ。
鉛筆や爪の先でのタッチ操作が可能なほど高感度なタッチパネル
それでは、IGZO採用液晶で実現出来るはずの高精細、高解像度パネルはどうなるのか。
それについては、2012年10月に開催された国内最大の家電ショーCEATEC2012のシャープブースにて展示された、超高精細パネルの採用プロトタイプ製品群を見ることで未来を窺い知ることができる。
ブースで展示されていたのは、10.1インチの2,560×1,600ドット(299ppi:Pixel Per Inch)解像度や13.3インチの2,560×1,440ドット(221ppi)解像度のIGZO液晶パネルを採用したタブレット試作機や、6.1インチの2,560×1,600ドット(498ppi)のIGZO液晶パネルのデモ機などだ。
2560×1440〜1600ドット解像度の液晶パネルというと、身近に存在するものとしてはPC用の27〜30インチくらいになるため、この解像度が10インチ前後の画面サイズに収まっていることには驚かされる。特に6.1インチの498ppiのデモ機は、表現として適切なのかよく分からないが、もはや印刷レベルと言っていいほどの高精細ぶりで、斜め線の表現にもジャギーは見えないし、もはやドット形状が肉眼では判別出来ない高精細ぶりであった。
シャープは、この他、CEATEC2012において、IGZO液晶パネルの高精細を中型サイズに活かした製品試作機をも公開していた。
それが、11月28日に発表となった(CEATEC2012公開当時は「発売未定」とされていた)32インチの4K2K(3,840×2,160ドット:140ppi)の液晶ディスプレイ製品だ。
これは、スマートフォンやタブレットとはまたひと味違った形で、IGZO液晶パネルの高精細ぶりを身近に感じられそうな製品で、PCユーザーやワークステーションユーザーから非常に大きな期待が寄せられそうだ。
このようにシャープの新技術「IGZO(イグゾー)」についてまとめてみたのだが、いかがだっただろうか。
改めて繰り返しておきたいのは、IGZO技術は半導体デバイス技術であるため、その応用先は液晶パネルに留まらないということだ。
それこそCPUやGPUのようなプロセッサ内のロジック用に採用すれば、低リーク電流性能やOFF抵抗性能により、性能対消費電力効率に優れたものが作り出せるかもしれない。あるいは光電効果素子と組み合わせれば低ノイズ性能に優れた撮像素子(イメージセンサー)を構成することもできるだろう。
また、ディスプレイ技術に応用するにしても、その応用先は液晶パネルに留まらないはずだ。
有機ELディスプレイも画素駆動にTFTを用いているが、現在はこれはLTPSベースのTFTが採用されている。実は、この有機ELの画素駆動用のTFTにもIGZO半導体が有望だということが見出され始めているのだ。
UV²A技術がQUATTRONを実現したように、今後、このIGZO半導体技術の実用化とその進化が、さらなる新しい応用技術やユニークな製品を生みだしそうな予感を感じるのは筆者だけだろうか。
(トライゼット西川善司)
■ 未来は、IGZOで進化する。〜IGZOテクノロジーのご紹介〜:シャープ
http://www.sharp.co.jp/igzo/
■ AQUOS PHONE ZETA SH-02E 製品情報:シャープ
http://www.sharp.co.jp/products/sh02e/
■ AQUOS PHONE ZETA SH-02E 製品情報:NTTドコモ
http://www.nttdocomo.co.jp/product/2012_winter_feature/lineup/sh02e.html
■ AQUOS PAD SHT21 製品情報:シャープ
http://www.sharp.co.jp/products/sht21/
■ AQUOS PAD SHT21 製品情報:au
http://www.au.kddi.com/seihin/ichiran/tablet/sht21/index.html
■ 【インタビュー】正統進化のAQUOS PHONEとIGZOで新しい価値を提案するAQUOS PAD
http://k-tai.impress.co.jp/docs/interview/20121126_575264.html
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