ボーズ社のノイズキャンセリング技術の歴史は古く、1978年に音響心理学の権威であり同社の創設者でもあるDr.ボーズ氏が、米国に帰る飛行機の中でノイズキャンセリング技術の基本コンセプトと数学的根拠を発案。それは、騒音を逆位相の信号で中和するという、現在に引き継がれる基本技術であった。その後ボーズは、1986年に無給油で世界一周を達成した超軽量飛行機「ルータン ボイジャー号」にノイズキャンセリング・ヘッドホンのプロトタイプを提供。超軽量化のため防音装備の不完全なコックピットの低騒音化を実現している。また、F1のピットクルー用や航空機プロ用、さらには米軍用にノイズキャンセリング・ヘッドセットを供給。そして2000年には世界初のコンシューマー向けノイズキャンセリング・ヘッドホン「QuietComfort」を発表している。本シリーズは高い実力が評価されて、各国航空会社のファーストクラスで採用されている。 そのQuietComfortシリーズの最新モデルが「QuietComfort 15」である。「優れた消音能力 - 高音質 - 快適な装着感。この3つの要素を高次元でバランスさせる」(ボーズ)というコンセプトの元に前モデル「QuietComfort 2」を更にリファインしたアラウンドイヤー(密閉型)のノイズキャンセリング・ヘッドホンに仕上がっている。 |
ノイズキャンセリングの性能向上とあわせて、「音質」も大きく改善されている。ハウジングに設けた3つの空気孔によってイヤーカップ内の空気質量を調整し、コンパクトでありながら音の広がりを実現する同社独自の「トライポートテクノロジー」を継承。また、ソースに最適な音質に調整を行う独自のアクティブイコライジング技術も継承している。加えて上記したイヤークッションの改良や音声回路の見直しで音質の更なる向上が図られている。 実際に試聴してみると、従来機と比べて分解能力と定位感が大きく向上し、サウンドにリアルな奥行きが感じられる。特に高域のディテール感の高さが印象的で、音楽を聴いていると細かい部分で新しい発見ができる。一般的に言って、アラウンドイヤー型のノイズキャンセリング・ヘッドホンは音がこもりがちだが、本機はウエルバランスで爽快感のあるサウンドを実現している。“コンパクトなのに豊かなサウンド”という同社の伝統的なノウハウがしっかりと感じられる音作りといえるだろう。 言わずと知れた平原綾香のデビュー曲「Jupiter」を聴くと、彼女が使い分ける低域の声と高域の声、2つの声域が本ヘッドホンの特性とマッチしている。特に低域は、ディテールが高く、ほんのりとハスキーに響くボーカルが心地よい。オーケストレーションを含めてスケール感のある楽曲を改めて楽しめた。 Capsuleの「JUMPER」では、ベースシンセのソリッドなドライブ感がボーズらしい。シンフォニックにたたみ掛ける高域シンセの無重力感も充分で、ポップで端正な中田サウンドを堪能できた。 久石譲のオーケストラ武道館公演を収録したBlu-ray Disc ビデオも視聴してみた。超大編成のスペクタクルなコンサートだが、テレビで視聴すると収録音声がややマイルドな印象があった。これに対して本ヘッドホンで聴くと、2chながら低域の厚みと高域の定位の良さで、爽快感のあるオーケストラ演奏を楽しめた。 上原ひろみによる「Green Tea Farm」は、日本のふるさとへの思いで満たされた優しくも美しいピアノソロの小作品。雑踏の中で聴いても静寂感が保たれていて、その微妙なニュアンスに聴き惚れてしまえるのが、本機のノイズキャンセリング機能の凄いところだ。 |
QuietComfort 15は、前モデルとおなじく、アラウンドイヤー型(密閉型)ヘッドホンである。アラウンドイヤー型というと、いわゆるDJスタイルの大型ヘッドホンを想像する人もいるだろうが、本機はそうした派手さとは一線を画したシンプル&モダンなデザインにまとめられている。ブラックとシルバーのハウジングに、メタルで囲われた「ボーズ」のロゴが映える。 外見は前モデルから大きな変更はないが、同社らしいシンプルで完成度の高いフォルムといえるだろう。このデザインなら休日はもちろん、通勤時などにスーツ姿で装着しても違和感がない。世界の航空会社のファーストクラスでの採用もうなずける大人のデザインだ。 本体重量は乾電池を含めてわずか190gの軽量設計。ハウジングもコンパクトで、耳への負担が少ない。この小型軽量さでレンジ感のあるサウンドを実現している点がボーズらしい。付属の小型キャリングケースに入れてコンパクト&スタイリッシュに持ち運べる点も快適だ。 外見はオーソドックスだが、実際に着けてみると「快適な装着感」が向上していることが実感できる。それは“ソフトなのにぴったり”という特徴である。新開発のイヤークッションの質感はとてもソフトで、耳をそっと包み込むように装着できる。ヘッドバンドの弾力がしなやかでクランプ圧(頭への圧力)がやわらかい点も快適だ。密着性を高めるために、いたずらにクランプ圧を上げた設計ではない。このため、装着感はとてもスムーズで長時間かけても頭や耳への負担が少ない。 新開発のイヤークッションは、ソフトな装着感とともに密閉性の高さ、という相反する要素も実現している。耳の周りにぴったりと密着するイヤークッションは外界の騒音を大きく低減(パッシブ・ノイズリダクション)し、音質やノイズキャンセリングの向上にも大きな効果を発揮している。 |
ノイズキャンセリング性能、装着感、音質。あらゆる面でブラッシュアップが施されており、より魅力を増している
同社のパブリシティはとても大人で控えめで、ノイズキャンセリング効果を数値などで派手にアピールしてはいない。この点でちょっと損をしているとも思えるのだが、実際に使ってみるとトップレベルのノイズキャンセリング・ヘッドホンに仕上がっていることが実感できた。 外見は前モデルとほぼ同じだが、内容は物理特性と電気特性ともにフルモデルチェンジといって良いほどの進化が感じられた。デザイン、質感、サイズ、重量、そして音質のすべてにおいて、ノイズキャンセリングにありがちな違和感がなく、長時間聴いても疲れないナチュラルで豊かなサウンドを実現できている。 ノイズキャンセリング・ヘッドホンならではの新しい使いこなしも可能で、この静寂感と高音質を知ったら手放せなくなってしまいそうだ。購入しやすくなった新価格も魅力で、最高峰のノイズキャンセリング・ヘッドホンがほしい人にぜひとも勧めたい製品である。 |
増田 和夫
先端分野に強いオーディオ&ビジュアル評論家。 PC誌やWEBでの取材&評論で活躍中。「モノの背景にあるコンセプトと開発者のメッセージを探りたい」がモットーで、インタビューなどのジャーナリスティックな記事も得意。 1970年代からの録画ファンで、PC歴も20年以上のベテランだ。 |