アメリカというのは不思議な国で、発明と知財・特許、そしてPCテクノロジーで立国しているかと思えば、頑ななまでにクラフトマンシップを守る部分もある。市場もコストにやたらうるさい層がわんさかいるかと思えば、金額は気にしないといった富裕層相手だけでもそれなりに商売になったりする。そのあたりの一筋縄ではいかないところが、多民族国家の特性なのだろう。
このような相反する傾向が旨い具合に作用しているのが、オーディオの世界ではないかと思う。日本でも米国オーディオメーカーの人気は高い。JBL、BOSEはスピーカーでお馴染みの面々だが、レコードのカートリッジみたいなニッチなものもSHUREやPICKERINGといったメーカーが頑張っている。むしろ製品の層の厚さとこだわりは、日本以上なのかもしれない。
Klipschは、1946年創業という老舗スピーカーメーカーだ。創業当時から、劇場のサウンドを家庭で再現するのだという壮大な思想から、独自のホーンスピーカーシステムを開発。現在コンシューマ向けスピーカーとしては、米国のNo.1ブランドである。最近では映画館や劇場などの業務ユースでも高いシェアを占め、米Hard Rock Cafeのオフィシャルスピーカー(日本のハードロックカフェはJBL) でもある。そう言う意味では、かつて劇場用ホーンスピーカーで知られたAltec Lansingとは、逆の歴史を歩んだと言えるかもしれない。
YAMAHAでは3年前から、KlipschのReferenceシリーズの輸入販売を開始している。今回ご紹介するRB-51は、今年2月に発売された新Referenceシリーズの中でもっとも小型の、2wayブックシェルフタイプだ。2本1組で希望小売価格56,700円と、価格帯もまさに売れ筋激戦区ど真ん中である。すでに米国では昨年春からリリースされているが、YAMAHAでは日本の温度・湿度に合わせて耐久テストを続けていたため、今年の発売になったという。
RB-51を含めKlipsch最大の特徴は、何と言ってもツィーター部に「Tractrixホーン」と呼ばれる独自のホーンユニットを採用している点だ。「トラクトリクス」というのは幾何学で言う双曲線の一種だが、今回のReferenceシリーズではさらにこの形状に改良を加え、レスポンスを向上させたという。ツィーターの振動板には、チタンを採用している。
RB-51ウーファーは、アルミニウムの振動板に酸化防止と剛性を高めるためセラミックコーティングを施した、13cm径の「セラメタリックコーン」を採用。銅製のセンターキャップにより、さらに強度を高めている。またコーン全体が銅色という特異なルックスも、ポイントだろう。エンクロージャとしてはバスレフ型で、背面にバスレフポートがある。
スピーカー全体の特徴としては、ツィーター、ウーファーともに軽量なハードドームを採用したこともあって、92dBという驚異的な高能率を実現している。YAMAHAの「Soavo-2」で88dB、往年の名機「NS-1000M」でも90dBなので、いかにRB-51が飛び抜けているかがわかる。
現在筆者宅では、RB-51を以前レビューで作成した真空管アンプエレキット「TU-879R」に繋いでいるが、8.5W+8.5Wでも十分すぎる安定感で鳴ってくれている。インピーダンスも昔の標準値であった8Ωなので、真空管アンプとも合わせやすい。
Klipschのサウンドは、「アメリカ的な」と表現されることも多い。しかし今回の新しいReferenceシリーズは、ヨーロッパ市場を意識して作られているため、以前のシリーズよりはアメリカ臭さが抑えられている。アメリカ臭さとは、ウエストコーストサウンドに代表されるような、ドライな音を指すと思っていただければいいだろう。
中でもRB-51の魅力は、ピュアオーディオ的な世界からはちょっと外れた、表情で勝負するサウンドだ。一般にホーンスピーカーの特徴である、奥から豊かに響かせるサウンドを期待していると、完全に裏切られる。では実際にいろいろな音楽を聴きながら、その個性を探っていこう。
まずは今年3月に発売されたドナルド・フェイゲンの新作「モーフ・ザ・キャット」のタイトル曲を聴いてみた。まさに過去から現在を通して、アメリカを代表する音と言っていい。
このミックスでは、敢えてソリッドな音場が構築されているわけだが、RB-51はそのあたりが過剰になることもなく、かなり正確にそのサウンドをトレースしてくれる。最初は誰でも見た目とは裏腹の、その低音の量感にびっくりすることだろう。
周波数特性的には下が50Hzからなので、本物の低音が出ているわけではないが、100〜200Hzのあたりにある「低音感」を上手く引き出している感じだ。RB-51は正面から見ればまさにブックシェルフであるが、奥行きが27cmと結構長い。このあたりの設計も、この低音感に繋がっているようだ。低音部の基音までしっかり楽しみたいという人は、サラウンド用のサブウーファーと組み合わせるのも面白いだろう。
ただ人によっては、低域が過剰に聞こえることもあるようだ。この場合は壁から十分離すとか、しっかりした台の上に設置するなど、セッティングで大きく表情が変わる。またホーンの特徴として、音の指向性が高いので、スピーカーを真正面ではなく、きちんとハの字に自分の方に向けてやる必要がある。こういったセッティングの工夫による音の変化が楽しめるのも、RB-51の楽しさである。
また小さいスピーカーならではの、定位の良さも気持ちいい。センターに集められた音の芯に対して、バッと広がるステレオ感のコントラストが楽しめる。まさにエンターテイメントだ。その中にあって、ボーカルの表情は綺麗に捉えている。特にドナルド・フェイゲンのようなハスキーなボーカルでは、声の割れや細かい息の漏れまできちんと伝えてくれる。
確かにアメリカ的なドライブ感のあるサウンドに対して素晴らしい相性の良さを見せるRB-51だが、個人的にはもう少しウエットな、「アメリカで売れたイギリス人」ぐらいのあたりが一番綺麗にハマるように思える。
例えばFleetwood Macはアメリカのバンドだと思われているが、黄金期のメンバーのうち3人がイギリス人である。Everything But The GirlやSwing Out Sister、なぜか米国のFMで毎日かかるJohn Waiteなど、ロングエコーを駆使しながらもアメリカ受けするブリティッシュサウンドの表現が、絶妙に上手い。
明るくカラッと仕上げながらも、元のサウンドの個性が極端に出る、そういうスピーカーだ。
ホーンスピーカーは、昔から管楽器と相性がいいとされている。ただし音楽ジャンルによって、得意不得意がはっきり分かれるものだ。RB-51もホーンスピーカーの一種と言えるが、それほどホーン独特のクセはない。しかし管楽器の鳴りという点では、他のスピーカーにはない表現力を発揮する。
「Chicago XI」は1977年リリースという古いアルバムだが、オープニングを飾る「Mississippi Delta City Blues」は、音の生っぽさで大好きなサウンドだ。以前もYAMAHAの「NS-525F」のレビューで試聴したことがあるが、あの時の音の一つ一つを紐解いていくような分解能の高いサウンドとは、全く別物だ。
RB-51では、生のブラスが一丸となって耳に飛びかかってくるような錯覚を覚えるほど、直進性が強く力強いホーン特有のサウンドとなる。もしRB-51を試聴するなら、ぜひブラスものを持っていった方がいい。
このアルバムを聴いて気付いたのだが、RB-51で70年代前後のあまり録音が良くないと思われるアルバムを聴いてみると、全然違った発見がある。例えばカンサス「Point of Know Return(暗黒への曳航)」、The Police「Reggatta de Blanc(白いレガッタ)」などは、意外にボーカル部分がすごくいい音で録られているのに気付く。
特にJon Anderson初のソロ「Olias of Sunhillow(サンヒローのオリアス)」は、なんだかモコモコしてよくわからないうちに44分過ぎてしまうようなアルバムだと思っていたが、RB-51で聴くとくぐもった音が前に出てきて、素晴らしいストーリー展開を秘めた超大作であったことがよくわかった。
極端な例では、オリジナルは50年代後半の録音であるLittle Anthony & The Imperialsのベストアルバム(1996年)も、デジタルリマスターの効果と相まって、素晴らしいヴォーカルパフォーマンスを見事に再現する。昔のアルバムにありがちな、ヴェールが一枚被さったような音が、文字通り一皮むけた感じだ。しばらくは自分のライブラリ再探求で、忙しくなることだろう。
RB-51のもう一つの特徴は、音量を絞っても、音の傾向があまり変わらないことだ。小音量時には、普通は低域が引っ込むものだが、上手くバランスを保ったまま小さくなる。机の上に置くには若干奥行きが長いのが難点だが、ニアフィールドスピーカーとして使うのもいいだろう。
ただRB-51は、低ビットレートの圧縮音源にはあまり向いてないようだ。音の細かいニュアンスがなくなってのっぺりした感じが、より強調されてしまうのである。最近は逆に、24bit/96kHzぐらいで録れるポータブルレコーダーも、多く出てきた。自分で音楽をやっていて、自分の演奏をナマ録するといった人にも、ぜひ使って欲しいスピーカーだ。
Klipsch RB-51の音を端的に言い表わすならば、「日本のオーディオメーカーならまず作らないタイプの音」である。ナチュラルオーディオを指向する日本では、どんな音楽でも上手く鳴らす方向へ手を尽くしていくわけだが、Klipschの場合はホーンという方式の可能性をとことん詰めていったらこんなところまで来た、といったストーリー性を感じる。
また表情が豊かという特徴は、いろいろなことを試したときに、その効果がはっきりわかるということでもある。例えばスピーカーケーブルを変えたとき、アンプのコンデンサを変えたとき、CD-Rのブランドを変えたときなどで、音の違いがわからなければ、やっても面白くない。RB-51は、そういう違いをやや極端とも言えるほど、表現してくれるのである。
RB-51は気難しいスピーカーではないが、唯一注意しなければならないのは、エージングに時間がかかるということだ。ツィーターもウーファーもハードドームなので、硬さが取れて本来の音で鳴り始めるまで、だいたい1週間ぐらいは見ておいた方がいい。買ってきてすぐに全力で聴いてがっかりしないよう、あらかじめご注意申し上げておく。
結局のところ、昔のオーディオブームを知っている人もそうでない人も、音楽をより豊かに楽しみたいという思いは同じはずだ。そんなときに、わかりやすい音であるということは、一つの指針になる。まず第一歩として、ミニコンポのスピーカーをこれに変えてみる、そんなところから始めてもいいだろう。YAMAHAでは、手軽にRB-51を楽しめるよう、「HiFi Component System with Klipsch」というシステムを提案している。
人生に少し余裕ができたら、もう一度音楽に再入門してみよう。そんなことを考えながら毎日忙しく過ごしてきた人ならば、もうそろそろ立ち止まってもいい頃ではないだろうか。RB-51は高級オーディオというわけではないが、音楽の楽しみ、音の不思議を教えてくれる、格好の教材である。
Text: 小寺信良
■関連情報
□YAMAHA Audio & Visusl http://www.yamaha.co.jp/audio/
□klipsch Reference Series Speakers http://www.yamaha.co.jp/product/av/prd/klipsch/index.html
□Yダイレクト http://ydirect.yamaha-elm.co.jp/
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