小寺信良の Electric Zooma! 特別編 音を投射するスピーカー、YAMAHA「YSP-1100」 誰でも確実に聞こえる「リアル」サラウンドシステム

一家がシアワセになるサラウンドとは?

大型フラットテレビの大躍進に伴って、リビングはAV機器の戦場となった。音質、画質へのコダワリは、どちらかと言えば男性の趣味的要素が強いものだが、それがリビングに場所を移せば、自分だけの主義主張を押しつけるわけにも行かない。同時に「家族のシアワセ」を考える必然性も出てくるわけである。

中でも女性にとってスピーカーとは、「ただ音が出るだけの箱」のクセに異様に場所を取る、というのが許せないようだという話を、多くのメーカーさんから伺う。特にサラウンドの場合は、背面にも配置しなければならないこともあって、ケーブルの取り回しも大きな問題だ。

実は筆者宅でもまったく同様の問題があって、リビングにはサラウンドスピーカーが配置できないでいる。現在サラウンドで映画などが鑑賞できるのは、筆者の仕事場である自室のみ。リアスピーカーへのケーブルは、なんと天井を経由しているという有様だ。

そんなわけで筆者は、日本の家庭へのサラウンド普及にはフロントサラウンド技術が不可欠であるという持論を早くから展開しており、過去積極的にいろいろな製品を試してきた。今回取り上げるYAMAHAの「YSP-1100」は、2004年に登場した初代機「YSP-1」から筆者が注目してきたシリーズの、最新モデルである。

YSPが「リアル」なわけ

デジタル・サウンド・プロジェクター YSP-1100 
オープン価格(実勢価格137,000円前後)

フロントサラウンド技術には、いくつかのタイプがある。もちろん市場ニーズとしては、前面にのみスピーカーを配置するだけで仮想的にリアスピーカーの音も出す、というのが基本であることには違いない。だがその実現方法は様々で、現在の主流は「頭部伝達関数」を使って、直接音を背面から音が鳴っているかのように「錯覚」させる、バーチャルサラウンドだ。

この方法のメリットは、部屋の形状やサイズに左右されないという点である。すなわちスピーカーの真正面あたりにいるという前提であれば、サラウンド感が得られるとされている。逆にこの方法の弱点は、サラウンドの聞こえ方に個体差が出るという点である。

頭部伝達関数を使ったプロセッシングは、実際には様々な個体データの差を吸収できるまでには至っていない。つまり各個人の左右の耳の間隔、耳たぶの形状や大きさ、髪の量や髪型、頭のサイズに対する肩幅の比率といったパラメータによって、聞こえ方に差が出るのである。現在多くの製品は、これらのパラメータに平均的な値を当てはめて作られている。

部屋の反射音を使ってサラウンド再生

グリルをはずすと40個のスピーカーがあらわれる

個人的な話だが、筆者の場合バーチャルサラウンド製品のほとんどは、ちゃんとサラウンドに聞こえない。どうも筆者の体のパラメータは平均値から大きく逸脱しているらしく、隣の人が「おお!」と驚いているのを尻目に、「なーんか位相がズレてるだけじゃん…」というガッカリ感というかサラウンド負け組感をいつも味わうのである。

だがYAMAHAのYSPシリーズは、バーチャルサラウンドとは根本的に手法が違っている。部屋の反射音を使うのである。具体的には図からイメージできると思うが、音の方向をギューッと絞って部屋の壁にぶつけて反射させ、背面に回すわけである。ビリヤードのクッションボールのようなイメージだ。ヤマハではこのギューッと絞った音のことを、「ビーム」と呼んでいる。これがキーテクノロジーだ。

つまりヤマハの方式では実際に背面にスピーカーはないのだが、「錯覚」を利用するものとは違うという意味で、筆者の分類では「バーチャル」ではないと思っている。本当に音を後ろに飛ばしているわけだから、「リアル」だ。したがってこの方法なら、原理的に個体差が出ない。誰でも必ずサラウンド感が得られるというのが、強みなのだ。

さて、部屋の壁などに反射させるからには、当然部屋がどんな形でどんな広さで、といった条件によってブレが出ることになる。直接音のみの方式が、人間の個体差によってブレが出るのと同じ事だ。そこで、この部屋の条件によるブレを追い込むことが重要になってくる。

YSP-1100では、これを高度な測定技術によって自動的にチューニングしてくれる「インテリビーム」という機能が搭載されている。製品には測定用のマイクが付属しており、これをリスニングポジションに置いて測定するだけで、その部屋に最適なセッティングになる。

測定用のマイクの位置に対して自動的にチューニングしてくれる「インテリビーム」

付属の測定用マイク

実際に筆者宅でインテリビームによる自動調整を体感してみた。測定中は部屋から出なければならないのだが、部屋の外から聞いていると、部屋の周波数特性、壁の方向、壁までの距離、反射量、残響量といったことを順次測定しているようだ。このあたりの音響測定技術というのは、コンサートホールなどの設計やPAの分野で業界最大手である、ヤマハのプロ分野の技術がベースとなっていることは間違いない。

キチンと測定するから、部屋の状態を選ばないわけだ。なおセッティングは3つ記憶できるので、カーテンを開けたとき、閉めたときといった条件違いも測定して、使い分ければいい。

YSPがやってきた!

シンプルな操作部

YSP-1100は店頭ではしょっちゅう見ているのだが、実際に自分の家に来るとサイズ的にどうなのかなと心配であった。しかし横幅103cmというのは、42インチのテレビの横幅とほぼピッタリである。したがってほとんどのテレビ台には、そのまま乗るはずだ。

また普段正面ばかり見ていたからよくわからなかったのだが、思ったよりも奥行きがなく、約11cmである。アンプも内蔵されており、本当にこの本体一つでOKというのは、セッティングも楽だ。

ピアノ鏡面仕上げのYSP-1100専用ラックセット

角置きに便利なYSP-800専用ラックセット

もちろんこのタイミングでAVラックも合わせたいということもあるだろう。今回はそんなニーズに応えて、ヤマハからYSPとラックがセットになった「YSP Rack System」が発売されている。これは小型モデルのYSP-800、そしてYSP-1100がピッタリ収まる、有名クラフトメーカー製専用ラックがセットになったものだ。

AVラックの値段を調べたことがある方はお分かりだと思うが、作りやデザインで選んでいくと、割とシャレにならない価格になる。「YSP Rack System」はオープン価格ではあるのだが、YSPの分を引き算するとおそらくラック部分は2万円程度ではないかと思われる。この作りでこの値段なら、かなり魅力的な選択肢だ。

YSP Rack Systemの存在からしても、YSP-1100はテレビの下に設置するもの、と思い込みがちだが、棚などを利用してテレビの上に設置するというのもアリだ。筆者宅ではAVラックが「ホームエレクタ」で組んであるので、テレビの上に設置してみた。

実はこれがものすごくイイ。というのも、YSPを下に設置すると、椅子の背中などが邪魔になって、反射音がうまく耳に到達できないケースも出てくる。だが上に設置すれば、YSPと壁、そして耳の間に障害物がないので、確実にサラウンド感を得ることができる。特にYSP-1100は、小型のYSP-800と違って上下角方向へビームを傾ける幅が広いので、このような置き方に向いているということであった。

また上置きのもう一つのメリットとして、結線の差し替えがしやすいという点はあげておきたい。YSPのコネクタ類は底面に下向きに付いているので、通常はすべて結線したのち、ラックなどに収めることになる。だが筆者のようにしょっちゅう新しい機材を追加したり、いろんな機材を差し替えたりする人間にとって、いつでも下から覗き込んで結線が変えられるのは、非常に大きなメリットだ。

総論

5ビームモード時の表示

ステレオ+3ビームモード時の表示

実際にセッティングして音を聴いてみると、非常に正確なサラウンド定位が得られるのを感じる。部屋の反射音を利用すると、スピーカーを壁のセンターに配置しなければならないのではないかと思われがちだが、厳密な室内測定を行なうので、多少変則的な置き場所でもきちんとその条件に合わせたサウンドフィールドを形成してくれる。

もっとも広いサウンドフィールドがえられるのは「5ビームモード」で、フロントの音も壁に反射させるため、開放感のあるサラウンドが楽しめる。左右が広すぎると感じた場合は、フロントのみは壁にぶつけない「ステレオ+3ビームモード」を利用するといい。画面サイズに合ったナチュラルなサラウンド感が得られるだろう。

従来サラウンドと言えば、DVDぐらいしかソースがなかったものだが、最近はテレビ放送という選択肢が出てきた。まだサラウンドで放送する番組はそれほど多くはないが、BSデジタルの映画や音楽ライブでは、5.1ch放送も増えてきている。また野球やサッカーなどの中継も、サラウンドで放送するケースが多い。

5パターンのビームモードから選べる

YSP-1100をテレビの外部出力に接続して、普通のテレビスピーカーとして使ってみると、テレビ放送に対するイメージがガラリと変わる。サラウンドの面白さはもちろんだが、通常のステレオ番組でも、テレビ内蔵スピーカーに比べて格段に音質が向上するため、テレビそのものの価値がアップしたように感じられるはずだ。

リアパネルにある接続端子

さて5.1chサラウンドのシステムなのに、サブウーファは必要ないのか、という疑問もあるだろう。YSP-1100には、サブウーファー用接続端子もあるので、別途取り付けることも可能だ。

ただ筆者宅で試した限りでは、無理して用意する必要はないという印象を持った。現状で十分なバランスだし、もし音楽もので低域が足りなければ、SRSのTrueBassを使って補強することができる。そもそもスピーカーの置き場所がないからこそこのような製品が存在するわけだから、そこに別途サブウーファーを置くのもためらわれるのである。アドベンチャー映画などでどうしても胃にズシンと来る爆発音や地鳴りが再現できないとイヤ、と言うコダワリがある人は、別途追加すればいいだろう。

テレビに常設するスピーカーとして面白いのは、「マイビーム」という機能だ。これは自分が居る場所だけにビームを集中させ、ほかのエリアに音が散らばらないようにするという、「サラウンドの真逆」をやる機能である。

リモコンを長押しするだけで自分が居る場所だけにビームを集中させる「マイビーム」機能

リモコンの先端についているマイク

実はリモコンの先端にマイクが付けられており、リモコンを押した場所をYSP-1100が認識しているのである。例えば深夜一人だけでテレビを見るといったときに、ボリュームを下げてもきっちり聞こえるので、家族に迷惑をかけない。

また裏技的には、耳の遠いお年寄りがいらっしゃる家庭で重宝するだろう。この機能を使ってお年寄りにビームを向けることで、ご本人には大きな音で明瞭に聞こえ、ほかの家族は普通の音量で楽しめるという、一家団欒シアワセの構図を描くこともできるのだ。

一家がシアワセになるサラウンドとは?

YAMAHA YSP-1100を一言で表現するならば、「無理しないサラウンド」ということに尽きるだろう。設置場所をフレキシブルに選択してもきちんと自動測定すれば、プロのインストーラが設置したのと同様、確実にサラウンド効果を得ることができる。

リビングの大型テレビ用外部スピーカーとして普通に使え、いざサラウンドソースが来たときには部屋の実サイズを超えるサウンドフィールドを得ることができる。またスイートスポットが広いため、家族全員が漏れなく楽しめるのも、リビング向きだと言えるだろう。

サウンドのほうも、ソースの種類に合わせたプログラムモードを備えている、例えば映画ならばSFX、スペクタクル、アドベンチャーというジャンルを選択することで、それぞれの個性を引き立てるサウンドプロセッシングを行なってくれるのである。

音質的にはさすがヤマハの製品、といった感じだ。テレビ番組や映画だけではなく、CDの音楽ソースも楽しめる。サラウンドとして身構えることなく、使い始めて数分で「サラウンドが当然」という意識の大変化が起こる製品である。

個人的には、「バーチャルサラウンド音痴」である筆者にもはっきりサラウンドとして認識できる点を、もっとも評価したい。これまでいま一歩サラウンドに乗り遅れがちだったリビングに置くなら、YSP-1100は現在考え得る限り、最善の選択なのだ。


■関連情報
□YAMAHA
 http://www.yamaha.co.jp/
□ヤマハ<デジタル・サウンド・プロジェクター>シリーズ
 http://www.yamaha.co.jp/product/av/prd/ysp/pro/index.html#page-ysp-1100
□Yダイレクト
 http://ydirect.yamaha-elm.co.jp/

■関連記事
□ヤマハ、マイビーム搭載の「サウンド・プロジェクタ」
  −リモコンでビーム位置切替が可能に(AV Watch)
  http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20061019/yamaha.htm


小寺信良
テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、94年にフリーランスとして独立。映像、音楽を軸に、AV機器からパソコン、放送機器まで幅広く執筆活動を行なう。


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