シャープ株式会社 システムソリューション事業推進本部の田中 秀明氏(左)と村松 正浩氏(右)に取材した
突然、発表された感の強い次世代XMDFだが、「次世代」という冠から想像できるように、すでに完成形のXMDFが存在している。そして、その歴史は決して短くない。
XMDFの誕生は今を去ること10年以上前の1997年12月、シャープ社内で電子書籍の研究プロジェクトが立ち上がったことに端を発する。
研究所から精鋭が集められ、画像ベースの電子書籍の技術開発をおこない、それを基に「ブック・オンデマンド・システム総合実証実験」に参画した。実証実験は2000年に終了するが、そのままプロジェクトを解散してしまうのではなく、そのシナジーを活かして電子書籍の新規技術開発をしていこうということになり、XMDFの開発が始まった。
XMDFの歴史
機能実装 | 採用/搭載 | |
---|---|---|
2001年7月 | 文字物機能縦書き、ルビ、挿絵画像、禁則など | シャープが「ザウルス文庫」サービスを開始 |
2002年5月 | マルチメディア機能音声、パラパラ動画など | NTTドコモ「M-stage book」サービスに採用(PDA向け) |
2003年3月 | 基本辞書機能索引検索 | シャープ製電子辞書機へ搭載 |
2004年7月 | KDDI「EZ-book」サービスに公式採用 | |
2006年6月 | コミック機能コマ | 集英社がマンガカプセルサービスに採用(ケータイ向け) |
2007年3月 | ソフトバンクモバイルが公式採用 | |
2008年8月 | 辞書機能強化 | シャープ「Brainライブラリ」サービスを開始 |
2009年2月 | IECにて国際標準として発行(MT62448) | |
2009年12月 | コミック機能強化ページ/コマ | ソニー・コンピュータエンタテインメントが PSP向けコミック配信に採用 |
10年前の2000年はどんな時代だったのか?
今のようにケータイは氾濫していなかったが、インターネットが普及し、国内においてもPC向け、PDA向けの電子書籍サービスが芽生え始めた時代だった。具体的には、「電子文庫パブリ」(角川書店、講談社、光文社、集英社、新潮社、中央公論新社、徳間書店、文藝春秋の出版大手8社)、「10DaysBook」(イーブックイニシアティブジャパン社)、「ザウルス文庫」(シャープ))などのプレイヤーが参入した。
これに同期し、出版社やエンドユーザから機能面での要求も高まった。
具体的には、
- 日本語特有の縦書き、禁則、ルビ、外字および、挿絵画像などの表現力強化
- 暗号や改ざん検出などデジタルコンテンツに必須となる著作権保護機能
- 音声や動画など新規コンテンツを創出するためのマルチメディア機能
である。また、このような機能が、PC、PDAでマルチプラットフォーム展開できる事が望まれた。
しかしながら、当時のPDAのハードウェアスペックは、現在のケータイ電話レベルにも至っておらず、単にPCの規格をそのまま持ってくれば解決するものでは無かった。
「低いハードウェアスペックにも関わらず高機能」という、この矛盾する課題を解決する為に開発されたのがXMDFである。
また、シャープによれば、XMDFは当初から、出版社、印刷会社、編集会社といったコンテンツプロバイダーの各種意見、指導、リクエスト等を細かくヒアリングし、それをもとに機能を強化し進化させてきたという。
つまり、昨日、今日出てきた「勝手な規格」ではなく、コンテンツプロバイダーのクリエイティビティやノウハウを集約した叡智の集合体ということができる。「コンテンツプロバイダーあっての規格」という出自の構造は、シャープがかたくなに守り続ける姿勢として、今後も変わるものではないし、デジタルコンテンツならではの表現、機能の実装のため、多くの協力社へのヒアリング等が現在進行形で続けられているということだ。
XMDFはever-eXtending Mobile Document Formatから派生した呼称だ。呼称だけを見ると、ある種の記述フォーマットとしてとらえがちだが、それは違うとシャープはいう。記述フォーマットを含めた電子書籍のためのソリューションの総称というのが同社の考え方だ。
XMDFを構成する3つのフォーマット
XMDFはever-eXtending Mobile Document Format(日本語訳:進化し続ける携帯機器向け文書フォーマット)から派生した呼称だ。呼称だけを見ると、ある種の電子書籍の記述フォーマットとしてとらえがちだが、それは違うとシャープはいう。記述フォーマットだけではなく、オーサリング、DRMから、ビューアまでを含めた電子書籍のためのソリューションの総称というのが同社の考え方だ。
正式なデビューは2001年で、当初はシャープのPDAとして人気を集めていたザウルス向けのサービスからスタート、現在では各社の携帯電話やゲーム機などに広く搭載されるよういなった。具体的にはKDDIやソフトバンクモバイルに採用され、コンテンツが販売されているので、ご存じの方も多いだろう。
XMDFを構成するフォーマットは3種類ある。
ひとつは、コンテンツそのものを記述するXML形式のテキストデータ(記述フォーマット)で、これは、IEC国際標準として誰でも使えるものとなっている。
もうひとつは、XMLで記述されたデータ群を、低メモリ、低処理能力の端末でも極端な負荷をかけることなく実用的なレスポンスでコンテンツを楽しめるようにするための独自の実行形式(実行フォーマット)だ。この形式は、複数のファイルに分散したコンテンツ全体を、ひとつのファイルにパッケージするアーカイバ-としての役割も担う。
この実行フォーマットのデータ構造が、低スペックハードウェアでの再現性を担保するものであるらしい。
そして、最後のひとつは、実行形式のファイルにDRMを施し暗号化、メモリーカードや端末にバインドすることで著作権を保護するための配布フォーマットだ。
一般に市場に流通しているものは、最後の配布フォーマットになる。
XMDFは、下記の機能を備えている。
- 1) 日本語表現、縦書き、縦中横(縦書きの一行中で一部の文字列が横書きになる)、ルビ、禁則、外字
- 2) 段落、インデント、フォント/サイズ/色/太字、アンダーラインなどの指定
- 3) 挿絵画像、画像に対する回り込み表現
- 4) 欧文向け機能(ハイフォネーション、ワードラップ、均等割り付け)
- 5) 背景画像、BGM、袋小路(その場所から先に進めない、元に戻れなくなる)などの「ビジュアルノベルズ」向け機能。
- 目次、リンクジャンプ、クリッカブルマップ(画像の一部分からのリンクジャンプ)機能。
- 7) 音声再生、アニメーション再生、動画再生、マスクなどのマルチメディア機能。
どうも、XMDFには、この他にも電子辞書機能やコミック機能もあるようであるが、全ての機能に対して、出版社などの意見を基に仕様策定を進めたそうである。出版社などの意見は、その根幹には日本語表現の尊重がある。XMDFは「日本語コンテンツに欠かせない要素を実現していった規格」と表現することができる。
電子書籍としての表現の多彩さとフォーマットとしての汎用性をあわせ持つXMDF
日本語まわりの使い勝手のよさは国産フォーマットならではだ
現在の電子書籍市場では、EPUB形式が注目を集めている。EPUBは、いわゆるオープンのデファクトスタンダードで、国際標準ではないが米国の電子書籍標準化団体のひとつであるIDPFが普及を推進している。残念ながら、現在のEPUBでは、日本語の縦書き表現が実現されていないが、現在、この仕様策定が進んでいる。
総務省、文部科学省、経済産業省共催による懇談会では、XMDFとドットブックをもとにした中間(交換)フォーマットの策定について合意された
そんな中、総務省、文部科学省、経済産業省共催による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(三省懇談会)が「中間(交換)フォーマットの統一規格」の策定について合意、答申されたという動きがある。
この中で、シャープのXMDFとボイジャーのドットブックを融合した統一交換フォーマットを策定することが決まり、「電子出版日本語フォーマット統一企画会議」が設置されることになった。
少しずつではあるが、今このときも、日本の電子書籍市場の充実に向けた取り組みが進んでいる。
電子書籍の制作フェーズと配信フェーズを仲立ちする中間フォーマットが存在することで、電子書籍市場はより発展することが予想される。現在、XMDFとドットブックの仕様をもとにした中間フォーマットの策定が進んでいる
この三省懇の「中間(交換)フォーマットの統一規格」については、次号に記載する。
「EPUB」は電子書籍を記述する為のフォーマット規格であり、オープンな標準規格になっている。
一方、XMDFソリューションの一要素である「XMDF記述フォーマット」も電子書籍を記述する為のフォーマットであり、オープンな国際標準規格になっている。
標準規格か、国際標準規格かの違いはあれど、どちらも、電子書籍を記述する為のフォーマットはオープンになっている。(ちなみに、ISO、IEC、ITUのいずれかが発行したものが国際標準規格になるのに対して、その他の標準化団体が策定したものは標準規格であるらしい)
また、米国において、iPadのiBooksやKindleなどのコンテンツは、EPUBを入稿データとしてDRM等を施して配信されている。同様に、AdobeもEPUB向けのDRMソリューションでビジネスを展開している。ビジネスモデルに違いはあるが、EPUBから先は各社のビジネス領域になっている。
国内、XMDFの場合も、記述フォーマットから先はシャープのビジネス領域として、独自の(省メモリが実現できる)データ構造に変換し、DRMを付与して配信フォーマットとしている。
要は、オープン規格から先のビジネス領域は、各社が入っているか、一社であるかの違いだけで、日米とも同じ図式になっている。(下図)
オープン領域 電子書籍記述フォーマット |
ビジネス領域 DRMなどが付与されたもの |
|
---|---|---|
米国 | EPUB - IDPFが策定 - デファクト - 標準規格 |
Apple iBooks Amazon Kindle Adobe DRMソリューション |
日本 | XMDF記述フォーマット - シャープが策定 - 国内デファクト - IEC標準規格 |
シャープXMDF配信フォーマット |
今回、このへんの話をシャープに問いかけてみたら、この理解の通りであると同時に下記の回答を得た。
XMDFの場合は、現在のように電子書籍がもてはやされるずっと以前(10年前)から開発していたので、オープンな領域もビジネスの領域もシャープが開発していただけに過ぎない。
XMDFの記述フォーマットは国際標準規格としてオープンになっているので、このフォーマットを作成するオーサリングツールや、このフォーマットを用いた電子書籍ビューアを、他社が開発し独自にビジネスをされても問題はない。国際標準規格とは、そもそもそういう位置付けのものである。
現在、XMDFの開発着手から10年が経ち、国内の文字物電子書籍はボイジャーの.bookとXMDFがデファクトになっているが、両社とも、それぞれが出版社などの意見をくみ取り進化させてきた。すなわち、この両規格に日本の出版文化が詰まっていることになる。
三省懇での取り組みは、この10年間の歩みを継承し発展させるもの、との事だ。
詳しくは次号で。
【Reported by 山田祥平】
■関連情報
□電子書籍の3省懇談会、著作権集中管理や統一中間フォーマットの検討を提言
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100622_376075.html