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世界初のラップトップPC「T1100」は東芝の製品だ。この画期的な製品の発売から四半世紀以上過ぎた今も、ノートPCの基本的なフォームファクタは変わってこなかった。
だが、ここ数年、そのフォームファクタにちょっとした変化が訪れつつある。各社各様の工夫によって、クラムシェル型ノートPCに、新たな構造変化が起きつつあるのだ。dynabook V713は、東芝がたどりついた着地点のひとつだ。ここでは、その登場の背景について考えてみよう。
ノートPCの文化は、クラムシェルという文化の中で培われてきたといってもいい。クラム、すなわちアサリやハマグリのような二枚貝の形状で、キーボードを装備した本体部分とスクリーン部分がヒンジで結合された二つ折りの形状だ。それは、ノートPCがラップトップと呼ばれた時代から連綿と続いてきた伝統文化的フォームファクタであるともいえる。日本ではノートPCという言い方が一般的だが、欧米では今なおラップトップPCと呼ばれている。
1985年4月、東芝は世界最初のラップトップと称して「T1100」をヨーロッパ向けに出荷開始した。この製品は、2012年になって一般社団法人情報処理学会による情報処理技術遺産としても認定されている。それほどに当時としては画期的な製品だったのだ。
以来、クラムシェルの文化が長く続いてきたのは、PCでの作業にはキーボードが欠かせない存在だったからだ。今でこそ、スマートフォンやタブレットの普及により、キーボードがなくても、なんとか実用になるデバイスが浸透し始めているが、一般的には情報の消費にはキーボードは必須ではないが、情報の生産にはキーボードが必須と考えられている。
ただ、本当にそれでいいのかどうかというと、今はまだ、過渡期である。
かつてのノートPCは、そんなにバッテリーが保たなかったし、軽薄短小にはほど遠いものも少なくなかった。ラップトップは、その気になれば持ち運べて、移動先で、まるでデスクトップPCさながらに使えればそれでよしとされていたし、それがラップトップのアイデンティティだった。
ところが、ここ10年くらいの間に状況は少しずつ変わってきた。10時間を超えてバッテリー駆動できるノートPCや、1Kg前後の製品も増えてきている。Intelが「新しい当たり前」としてCentrinoを提唱し、ノートPCにWiFiを内蔵、無線通信機としてのPCを常識化した。また、昨今ではUltrabookの提案によりPCを再発明しようとしている。
それでもノートPCの王道は今なおクラムシェルだ。「ノート」という名前から想像できるように、真ん中で二つ折りするという形状だ。
ただ、ノートPCが使われる場所は多様化している。オフィスのデスクや会議室テーブル、応接室、街のカフェのテーブル、そして、新幹線や飛行機の座席テーブルなどでノートPCが使われているのは、すっかりお馴染みの光景となってしまった。
こうしたことができるようになると、もっといろんなところでPCを使いたくなる。にもかかわらず、そこにはノートPCを置くテーブルがないシチュエーションが増えてきた。たとえば、電車やバスなどの都市交通機関での移動中に座席を確保できない場合、ショッピング中の店内、レストランなどでテーブルの上にノートPCを出すのがはばかられるようなケース、徒歩での移動中に電話がかかってきて何かを聞かれたようなとき…と、シーンは枚挙にいとまがない。
つまり、ノートPCをしっかりと固定できない環境でも、PC的なものを使いたいという欲求が高まってきているのだ。今、タブレットやスマートフォンが人気なのは、実際に、そういうシチュエーションが増えてきているからではないだろうか。
テーブルの上はあきらめたとしよう。でも、片手で本体を支えて、もう片方の手でタイプしなければならなくなると、、ノートPCに装備されたキーボードは無力だ。しっかりとテーブルの上に設置できれば、普段はタッチタイプで高速に文字入力ができるパワーユーザーでも、立ったままノートPCを使ってみれば、その作業効率が著しく低下することを実感できるだろう。
東芝は、広がる一方のノートPCの利用ゾーンを、手書きというソリューションで解決できないかと考えた。そして完成したのがdynabook V713だ。11.6型のフルHDスクリーンを持つタッチ対応PCで、付属のキーボードドックに取り付ければクラムシェル型となり、とりはずせばタブレット端末となる。いわゆるデタッチャブル式のUltrabookだ。
特に、上位のV713/28Jは、電磁誘導方式のデジタイザーペン入力と、一般的なタブレットでお馴染みの静電容量方式のタッチ入力の両方を実装、指先とペンの併行利用を可能にし、まさに、紙とペンのような使い勝手を実現した。書くのはペン、めくるのは指といった両立ができるのだ。
立ったままでもポケットから取り出した手帳に、ボールペンでメモを書き付ける。以前のメモを参照する。かつては当たり前だったこんなことが、デジタルの時代には抑制され、不便を強いられてきたわけだが、それがようやくかなおうとしているのだ。
ペンについてのこだわりも見事だ。実際に書いてみると、こすれ感が実にリアルであることに気がつく。ツルツルした表面をペンでスラスラとなぞるという次元ではなく、まるで本当の紙に鉛筆で書き込んでいるかのようで、ペン先から音さえ聞こえてくるようにも感じてしまう。その適度な抵抗感を実現するために、非光沢フィルムとペン先の最高の組み合わせを追求したという。
また、独自のノウハウにより、デジタイザーのスキャンレートを高速化、さらに、ダイレクトボンディングの採用によって液晶表面を薄型化、ペン先と書かれた部分の表示のズレを抑えることに徹底的にこだわったそうだ。強く書けば太く濃く、緩く書けば細く薄くという筆圧対応も1024段階のセンサーによってサポートされている。
V713は、ごく一般的なクラムシェル型ノートPCであると同時に、キーボードからスクリーンを脱着できるようにしたことで、ピュアタブレットとしても利用できる二面性を持ったPCだ。キーボードドック側には、USBやHDMI、LAN端子が装備され、装着と同時にこれらがタブレット側に認識される。外す場合はラッチノブをスライドさせるだけでロックがカンタンに外れ、かつOSにも取り外しが通知されるようになっている。取り外したタブレットは、すでに書いたように極上の手書きフィーリングをかなえた秀逸なデバイスだ。
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タブレット本体にはリザーブペンが装備されており、予備としても十分 |
もし、ぼくが個人的にこの製品のオーナーだとすれば、普段は自宅でキーボードドックに立てかけて電源を供給しながら、HDMI経由で大画面モニタ、USB経由でマウスなどを接続しておき、2画面のマルチスクリーンで運用し、外出時には本体だけを持ち出すだろう。
出先で、タブレットとしてWindowsのフル機能が使えるのは安心だし、手書きについても、MetamojiのNote Anytimeなどの優れたWindows 8用ストアアプリも出てきているので、それらを駆使することになりそうだ。新しいOfficeもタッチ対応がサポートされ、指だけでもある程度のことはできる。
たとえば、OneNoteならペンで手書きした文字列が検索の対象になる。バックグラウンドで文字認識が行われ、そのテキスト情報が手書き文字のプロパティとして保持されるからだ。V731のスクリーンはフルHDなので、拡大して書き込んだ文字を縮小表示しても視認性が高く読みやすい。まさに紙のノート的だ。
もしキーボード入力が欲しくなったときには、キーボードドックをもち、クラムシェルのウルトラブック形状で持ち歩くか、もしくは軽量なBluetoothキーボードをカバンの中に忍ばせておくだろう。今、手元で使っているBluetoothキーボードの重量を計ったら250gを切っていた。これならタブレット本体の約870gとあわせても約1.1Kgで、クラムシェル状態で持ち運ぶよりも300g以上軽くなる。
人それぞれでPCを使いたくなる環境は異なる。でも、みんなスマホやタブレットに慣れ親しむ中で、場所を選ばず、いつでもどこでも自由にPC的なデバイスを使えることの便利さや楽しさを知ってしまったのだ。そして、そこではPC的体験に至らない面のガマンを強いられることも覚悟しなければならないことも知った。
V713は、その便利と楽しさをかなえつつ、ガマンを最小限に抑えるためにはどうすればいいかという問いに対する東芝からの回答だ。これが唯一の正解であるとは限らないが、モバイルPCの、さらに新しい当たり前を再定義する答えのひとつであることは間違いない。同時に発売予定の「REGZA Tablet AT703」などと合わせて、これからdynabookからは目を離せないだろう。
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打鍵感が良いキーボードドックにはバックライト付きフルピッチキーを備えており、薄暗いところでも実用的 |
山田祥平 |
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