東芝の液晶テレビが変わったのは、まだレグザというブランド名が生まれていなかったZ1000からだった。それまで、お世辞にも高画質と言えなかった東芝のテレビが、ガラリと変わった。その背景にあったのは、現在のモデルにも搭載されているメタブレインという、当時、テレビ向けとしては最高峰の能力を備えた映像エンジン。
その後、120Hz対応となったパワー・メタブレインでは、倍速化時の映像補完を行うLSIを加えたが、ほぼ同じアーキテクチャ(構造)のまま内部のソフトウェアをチューニングしていくことで、画質や機能を向上させてきた。また、デジタルならではの長所を活かし、映像の特徴を検出するための様々な分析データをはき出し、自動的に画質を最適化するというコンセプトは、今なお新鮮さを失っていない。
東芝はこの春、上位から下位のモデルまで、幅広い層に新しい製品をラインナップしたが、これらに搭載されている映像エンジンもまた、メタブレインである。とはいえ、さすがにもう他社に追いつかれるのではないか? デジタル家電の世界は甘くはない。そう思っていた読者も、おそらく少なくはないだろう。
しかし、東芝はメタブレインの画質をさらにブラッシュアップし、従来よりもメリハリのある、ダイナミックレンジが広がったかのような描写を見せつつ、不自然な強調感や、色、輝度などの飽和を感じさせない新しいチューニングを施した。
そして、新レグザを他製品とは異なるユニークなテレビに見せる新しい要素を二つ付け加えることに成功した。ひとつは、テレビの視聴環境(照明の種類や部屋の明るさ)や視聴するコンテンツの種類に応じて、リアルタイムに自動的に画質設定を最適化する「おまかせドンピシャ高画質」の搭載。ふたつめが映像ソフトごとの音量感を揃える「ドルビーボリューム」の採用である。(「ドルビーボリューム」の採用はZH500およびZV500シリーズのみ)
通常テレビは、置かれている場所の照度環境(明るさ)に応じて、見え方が変化する。たとえば店頭や昼間のカーテンを開けた明るいリビングでは、映像の中の黒色の部分の階調(グラデーション)はほとんど判別できない。このような非常に明るい視聴環境では、映像もそれに負けない明るさ、色の濃さ、輪郭の強調などの調整が必要だ。逆に照明を落とした暗い場所で映画ソフトを見る場合は暗部階調の描き分けや色飽和を抑えた、色同士の相関関係が正しく描き分けられるように調整されないと高画質にならない。
まわりの明るさの他にも、視聴するコンテンツの種類によっても見え方が変化する。たとえば、スタジオ撮りの明るいテレビ番組はメリハリを重視した画質がいいし、映画の場合はフィルム撮りのアナログ的な階調表現をきちんと伝えてくれる画質の方が好まれるのがそれである。
このように、テレビの画質は視聴環境と視聴するコンテンツの種類によって、見え方が大きく変化する。こうしたことを考慮して、通常テレビは複数の映像モードをユーザーに用意している。明るいリビングに適した「あざやか」モード、暗い部屋で映画を見るときに適した「映画プロ」モードなどがそれである。視聴環境やコンテンツに応じて、ユーザーが映像モードを変えることで、いつでもより高画質で見ることが可能となるのである。 ところが、映像モードを頻繁に変えながらテレビを見ている人は、実に3%しかいないというアンケート結果がある。ごくまれに変えるという人は39%いるものの、一度も変えたことがない、あるいは映像モードが存在することを知らなかったという人を加えると、映像モードを十分に使用していない人は97%にもなる。
映像モードはテレビメーカーの技術者が手間と技術を惜しみなくつぎ込み搭載している。利用者が映像を楽しむ視聴環境やコンテンツの種類に合わせ、練りに練った映像モードから、もっとも適しているモードを選んでもらおうという、いわば"プレタポルテ"の服だ。ちょっとした手間をかけて選んでもらえれば、より高画質の映像で楽しむことができる。ところが、それをやってくれる人はほとんどいないということになる。
そこで東芝が考えたのが、ユーザーが映像モードの切り替えをしなくても、レグザが置かれている場所の照度環境(明るさ)、室内照明の種類(電球色か蛍光灯色か)、視聴しているコンテンツの種類、などに合わせ、常に最適な画質になるようレグザがリアルタイムで自動的に画質調整しつづける機能を搭載した。それが「おまかせドンピシャ高画質」だ。いわば画質調整の専門家がレグザの中に入っていて、オートクチュールで注文通りに最適な結果を得られるよう、あらゆる情報を使ってオファーしてくれるのだ。新レグザ4シリーズ10モデル全てにこの「おまかせドンピシャ高画質」機能は搭載されており、これまで出荷時の映像モードは「あざやか」で出荷されていたが、新モデルは「おまかせ」モードで出荷されるため、ユーザーは買ったその日から、常にレグザの最高画質を視聴環境やコンテンツに関係なく楽しむことができるのだ。映像モードが利用されていないという実態を一気に解消するもので、東芝レグザ開発陣の画質に対するこだわりをより一層感じる力作である。
そもそも、レグザの映像処理回路「メタブレイン」は、映像の特徴を分析データとして抽出し、そのデータを元に最適なトーンカーブやシャープネス調整を、リアルタイムに映像の一コマ、一コマ単位で行っている。明るさセンサーから得られる周囲の明るさ情報も加味し、部屋の明るさに応じて映像が変化するようにも設計されていた。「おまかせドンピシャ高画質」は、そうした「メタブレイン」のコンセプトを拡大したものとも言えるだろう。
たとえば明るさセンサーそのものの実装方法改善で、より正確な照度を計れるようになった。その上でレグザは地デジの地域設定から置かれている場所が分かるので、「メタブレイン」により、その地域の日の出、日の入の時間を判別しているという。これは明るさセンサーからの情報をどのように扱うかを考える上で重要だからだ。たとえば、夜であれば(日の入り後であれば)、明るさセンサーの値は窓からの日の光ではなく、室内灯によるものとみなすことができる。逆に昼間ならば、窓から日の光によるもので、室内灯を使っている可能性が低いとみなすことができる。なぜこのように明るさの種類まで判別する必要があるのだろうか?
実は、人間の目はテレビ画面とその背景の壁の色との比較によって、色彩感が変化してしまう。たとえば白い壁のリビングにおかれたテレビの場合、電球色の照明を使っていれば、当然、テレビの背景の白い壁は暖色系の色に染まっている。この時人間の目は、暖色系のオレンジっぽい壁をしばらくすると白く見えるようになる(これを色順応と呼ぶ)。するとテレビの映像の色彩に違和感を覚える。また同様に蛍光灯色の照明を使っていれば、人間の目に白い壁は青白い壁に見え、しばらくすると白く見えるようになる。するとテレビの色彩に違和感を覚える。常に最適な画質を実現するには、人間の感覚にまで踏み込んだ画質補正を行う必要がある。したがって、明かりの種類まで判別し、それに応じた映像調整が必要になるのである。
具体的には、目安として周辺環境の色温度に3000〜3500度ぐらいをプラスしてテレビ画面の色温度を調整するとちょうど良く感じると言われている。部屋の照明が電球色の場合、電球色の色温度は約3200度なので、6500度前後がちょうど良く、同様に蛍光灯色の場合は蛍光灯色の色温度が約6000度なので、9300度ぐらいが、テレビ画面の色温度として適している。そこで、新レグザでは初期設定を行う際、部屋の照明色の入力を求める。これによって部屋の照明色温度に合わせた画質調整まで自動で行われるのである。(もちろん、この照明色の設定は後から変更することもできる)。
おまかせモードでは、照明の種類だけでなく、部屋の明るさや映像の種類によって、画質調整を行っているが、メタブレインが得意とする映像分析データを用い、実に5種類ものパラメータを自動的に動かしている。自動調整する項目は以下の通りだ。
明るさ | ここで言う明るさとはバックライト輝度のこと。100段階で変化する。 |
色の濃さ | 同じ色でも暗い部屋では彩度感が落ち、暗い部屋では彩度が伸びて見えるため、64段階で自動調整 |
シャープネス | 明るい環境ではメリハリのあるシャープな映像が求められるが、映画素材(24P記録の映像や2-3変換されている映像)を暗い場所で見る場合は、シャープネスを抑えた方が、画質劣化が少ない。32段階で変化。 |
ダイナミックガンマ強弱 | 映像を分析しながら動的にトーンカーブを変化させるダイナミックガンマの動作の強さ。 128段階で変わる。 |
色温度 | 照明の色や明るさ、フィルム素材かビデオ素材かなどの情報を元に色温度を決める。 1024通りの色温度から自動選択。 |
注目したいのは、各調整項目が非常に幅広く動くこと。実際に映像を見ると、映像モードで言うと、もっともメリハリがあり色乗りも良い「あざやか」モードのような画質から、真っ暗な環境で映画を楽しむための「映画プロ」モードのような画質まで幅広く、しかもリアルタイムに変わる。"ちょっとだけ変化する"といったケチくさいことはなく、5種類のパラメータを非常に緻密に「おまかせ」で的確な画質調整がされる。ユーザーはただ、テレビを置きたい場所に置くだけで、最適な画質が得られるのである。
こうした状況に合わせた処理のことを「適応型処理」といったりするが、状況判別の精度が低い場合は少ない変化幅での調整しか行えない。処理の方向を間違えると、かえって画質を悪くしてしまうからだ。
ところが、「おまかせドンピシャ高画質」は違う。たとえば、明るい部屋で映画を見ると、素直なトーンカーブで見せようとしつつも、周囲の明るさに負けないように色がのり、明るさも引き出す調整がされる。次に夜、照明を明るくしたぐらいの照度(150ルクス程度)にすると、今度は「標準」モードのように繊細で、落ち着いた色使いで、部屋の照度あわせたまぶしすぎない明るさに自動調整される。そして照明を消して真っ暗(あるいはそれに近い20ルクス程度の明るさ)にすると、「映画プロ」モードとほぼ同じように、暗部の緻密な部分まで階調豊かに再現するとともに、自然な色合いを再現する。同時に映画に適した色温度に自動調整される。そして、再び照明をつけて、今度はテレビ番組を見始めると、「標準」モードに近い映像になる。
このように、映像モードを固定したまま(新レグザシリーズのデフォルト映像モードは、おまかせモードになっている)でも、まるで頻繁に画質モードを変え、さらに微調整までしてくれるのだ。
どんなに高画質なテレビでも、置かれている環境に合わせて調整を行わなければ、その実力は発揮されない。店頭では照明環境が同一のため、なかなかこの良さを体感しにくい。しかし、せっかく入れ替えるテレビ。その能力を可能な限り引き出すという意味では、このような機能はもっとも重要視すべきものだろう。
さて、最後にドルビーボリュームについても触れていきたい。
これはドルビーラボラトリーズがライセンスしている、音量感を統一するための信号処理技術だ。テレビ番組の音声は、テレビ局ごとに音量感が異なり、また番組内容によっても音量が異なることが多い。また、番組の本編とCMでは、後者の方が圧倒的に音量が大きく放送されている。これは、テレビ広告のメッセージがきちんと視聴者に届く必要があるためだ。
ドルビーボリュームはこうした問題を解決し、音質の劣化やダイナミックレンジの極端な圧縮といった弊害を抑えつつ、音量感を統一する技術というわけだ。この技術は2007年1月に一部のプレス向けにプレゼンテーションが行われたが、なかなか搭載するテレビがなかった。
しかし、東芝は当初からドルビーボリュームに注目し、「メタブレイン」のメモリと処理能力を使い切らずにとっておく、という心憎い対応を行っていたのだ。そして、ついにはドルビーボリュームの早期搭載を実現させた。その効果はたいへんに大きい。
処理が重いドルビーボリュームも、「メタブレイン」の映像エンジン内部のDSPで処理している
実際の視聴でも、静かな音楽番組と爆音を鳴らすバラエティ番組の間で切り替えながら聴いたが、音の質感を変化させず、音量感を上手に制御している。同様の技術は他にもあるが、たいていは不自然。たとえば、本来は静かに聞こえるはずの風の音が大きくなったり、あるいは音量の違いを吸収しきれずに、番組ごとの音量感が変化してしまったりすることがほとんどだ。
ドルビーボリュームは処理が重いことが弱点とされているが、「メタブレイン」はこれを映像エンジン内部のDSPで処理しているという。他社に先駆けて搭載することができたのも、やはり将来を見通してソフトウェアで機能を向上させる余裕を持たせておくという、設計当初からの志の高さが良い結果をもたらした好例と言えるのではないだろうか。
筆者はAV業界、半導体業界、PC業界と複数の業界に渡って取材をしているが、こうした活動の中で常に感じているのが、業界ごとの思想の違いだ。デジタル技術という切り口では、いずれも同様の技術を基礎にしているように感じられるが、実際に現場で研究開発を行っている人たちは、全く異なる視点で技術開発に取り組んでいる。
高画質なテレビを作る技術は、映像を見る側がどのように映像の質を感じるか、という感性に対して訴えかけるためのものだ。これは画質という切り口だけでなく、操作性や機能といった切り口で考えた場合も同じだ。半導体の性能が向上したからといって、それがテレビという製品の価値を高めるとは限らない。
メタブレインが優れている理由は、高画質なテレビを開発するために、どのようなデジタル処理のアプローチが必要かを、テレビの高画質化技術を出発点に掘り下げ、半導体にどのような性能・機能が求められるかを精査した上で設計した映像エンジンだからだ。
あらかじめ高画質化に必要な機能を半導体側に実装しているため、高精度で複雑な処理をこなすことが可能であり、数年を経た現在でもソフトウェアの更新によって進化を続けている。
高画質化は、学術的に正しいアプローチをしたからといって一足飛びに実現できるモノではなく、試行錯誤の上にノウハウを積み重ねることで実現できるものだ。つまり、当初よりテレビとしての目標をハッキリと見据えた上で、半導体設計へと役立てたことが今日のメタブレイン神話を支えている。
テレビ開発のノウハウと東芝が得意とする半導体技術の理想的な融合点が、メタブレインなのである。この思想、ノウハウは現行製品に活かされているだけでなく、今後の東芝製テレビの大きな礎となっていくはずだ。