東芝のテレビというのは、ビジネスモデルから見ても非常に興味深い。メーカーによっては、人間と映像の接点であるディスプレイパネルについて強力にアピールし、パネルの品質イコール画質の良さというイメージ戦略をとっている。
一方東芝は、液晶パネルについてはまったくアピールしていない。たしかにREGZA〈レグザ〉のカタログを見ても、パネルについてはまったくといっていいほど触れていないのだ。東芝の戦略としては、パネル自身の力を過信せず、エンジンでちゃんとドライブするという前提であり、パネルはあくまでも「部材」のひとつにすぎないのだ。
この成果は、「絵」を見ればわかる。多くの評論家をして「REGZA〈レグザ〉がベスト」としている理由は、見た目の派手さで誤魔化さず、もっとも自然に見えるという点を評価してのことだ。
この表現力を生み出しているのが、REGZA〈レグザ〉の映像エンジン「メタブレイン・プロ」である。今回は、REGZA〈レグザ〉の開発拠点、埼玉県の東芝深谷工場に、「メタブレイン・プロ」の開発者を訪ねた。
テレビ事業部TV設計第一部参事の永井賢一氏は、画質のプロである。face、BAZOOKA末期の画質の設計に携わり、REGZA〈レグザ〉の立ち上げ当初から現在まで、「メタブレイン」、「メタブレイン・プロ」の画質設計を担当している。
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REGZA〈レグザ〉の画質設計を担当する
永井賢一氏
東芝デジタルメディアエンジニアリング システムLSI技術担当 プリンシパルエンジニアの住吉 肇氏は、「メタブレイン・プロ」の中枢となるLSIの開発を行なった人物だ。アナログ時代からテレビ用ICの開発を手がけ、2003年からスタートしたデジタルLSIの開発とファームウェアのチューニングに取り組んだ。このLSIが、のちに「メタブレイン・プロ」に載ることになる。
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「メタブレイン・プロ」の中枢LSIを開発した
住吉 肇氏
REGZA〈レグザ〉ブランドは、2006年3月に登場した。東芝のフラットディスプレイテレビはそれ以前のface時代から存在したが、東芝の高画質に対する姿勢は一貫している。ただ実際にユーザーから高い評価を得るようになったのは、やはりREGZA〈レグザ〉ブランドになってからである。
- リアリティの追求っていうのが、一番私とか住吉が求めてるテレビの絵ではないかなという気がします。目で見たものを見たままに映し出すようなディスプレイが欲しいよね、ということが我々の目標であり、それをどうやって実現しようかという議論から始まっているんです。
- 基本的に液晶のパネルもそうなんですけど、固定画素のディスプレイっていうのは、ダイナミックレンジが限られているというのが、CRTの場合とは違うんです。その限られたダイナミックレンジの中でいかに本物らしい映像を提供するか、自分があたかもその場所にいるようなリアリティが出せないか、というところです。最初は「液晶なんかで出せるか」というような話もあったんですが、できるかぎりのことはめいっぱいやろうというのが、「メタブレイン・プロ」の開発のスタートでした。
- デジタルは劣化しないと皆さん思ってるんですが、これはまったくウソで、お金をかければ劣化はしないんですが、普通の処理は必ず劣化するというのがデジタルなんです。ですから、デジタルイコール低画質というのが、我々ふたりの共通したスタート地点だったんです。
こうしてスタートした「メタブレイン・プロ」の開発。その方法論は、従来のデジタルの概念を踏襲しない、全く新しいアプローチであった。
- 基本的にもう放送そのものがデジタルになっていますので、元の信号ソースをいかに劣化させることなくディスプレイ側に供給するかというのが、まずベースになくちゃいけない。アナログ時代は、細かいディテールとか質感みたいなものが連続的に表現できるので、非常によかった。ただ一方でCRTをベースにしていると、フォーカス性能に限界がありますので、本当は精細感のある情報でも少しぼやっとしてしまう。
- そこは固定画素ディスプレイになるとよくなっているんですが、グラデーションのような緩やかな変化があるようなところで、やっぱり等高線状の段差みたいなものが出やすくなってしまいます。そこでまず意識したのは、細かいディテール情報や階調性というものを、アナログレベルまでぎりぎり近づけてみたらどんな絵が出せるだろうというのが、「メタブレイン・プロ」を開発するときのベースになりました。
- 私はデジタルLSIの設計は初めてだったんで、今までどうやってたという概念とかがなかったんです。逆にこうしなくちゃいけないでしょ、というところから入った。デジタル処理ですと、必ずかけ算回路とか割り算回路だとかいろいろデータを加工していって、高画質回路を組み立てるんです。かけ算回路ひとつとっても、8ビットに8ビットを掛ければ、16ビットになりますよね。そうやってビットがふくらんでくると、後段に行くに従ってどんどん回路規模が大きくなってしまう。昔のデジタルLSI設計っていうのは、そこで下位4ビット切っちゃって10ビットにして、次の段に供給してしまうんです。そうするとどんどん歪んでいって、細かいディテールは出ない、階調もガタガタになってしまう。
- こんなの絶対ウソだろ、ということで、とにかくビット数は膨らますだけ膨らましちゃったものを、全部最後までもっていくというのが、「メタブレイン・プロ」の発想です。デジタルをずっとやっている人からは、「こんな回路規模になってしまってどうするんだ」というようなことも実は内部でいろいろ言われたんですが、絶対これが必要なんだと説き伏せてLSI化したんです。そして結果として絵を出した時に、今まで等高線状になっていたグラデーションがきれいにつながった。狙っていた絵が出た瞬間でした。
- 開発段階のときは、「あれは住吉の趣味だ」といって陰口叩かれてるっていう話もありましたからね(笑)。これまでデジタルをやっていなかったことが幸いして、結果的に今までのデジタルの常識を覆した。他社を圧倒する階調性が実現できたんではないかなと思っています。
- 住吉:今はいろんな媒体様から高画質ですね、階調性すばらしいですねと評価されたおかげで、私の立場もよくなってですね(笑)、今後これがREGZA〈レグザ〉の標準だということで進められるようになりました。
高画質のキーを握る二人
高画質へのこだわりと一口に言っても、その要素は様々である。そしてそれらの中には、あちらを立てればこちらが立たずといった、相反する要素が存在する。例えば精細感を増せばノイズ感が増える、高コントラストを求めればなめらかな階調が厳しくなる、色を鮮やかにすれば色の自然さが失われる、といった調子だ。これらの相反する命題に対して、東芝は挑戦し続けている。
- デジタルのいいところは、映像情報の特徴的なものをヒストグラムなどを使って、リアルタイムで検出できるところです。映像を分析しながら、入出力特性のトーンカーブを変えたり、輝度ごとにシャープネスのレベルを変えたりすることで、今までの二律背反する問題点がクリアできるんじゃないか、ということを考えました。
- コントラストと階調性に関しては、映像を1フレーム単位で分析して、トーンカーブを変化させているわけですか。
- 例えばほの暗いシーンに人物がいるとすると、黒の引き込みが強すぎて、肌のフェイストーンが落ち気味になりすぎてしまいます。これを映像分析して肌色を検出し、肌色部分だけの輝度ヒストグラムを作りまして、その階調が潰れないようにトーンカーブを自動修正します。
- 実際の絵作りの課程も、これと同じことを手動でやっているんです。もうちょっとここの階調を出したほうがいいねとかっていうのは、ヒストグラムと照らし合わせて、ここの情報がこうなってる時にはこうしたい、ということを逐一やっていく。その仕組みを考えてファームウェアに焼き直して、思った通りになっているかを確認すると。
- もちろん、あるシーンで思い通りの絵が出たとしても、その仕組みがほかのシーンのときに逆に不具合を生まないかどうかというのが重要です。ですからかなり多くの時間をかけて画像を見ていかないと、なかなか安定したものにならない。会社だけでやってるといくら時間があっても足らないんで、このファームウェアを持って帰って家のZ2000に入れて、それを見ながら不具合がないだろうか、弱いシーンがないだろうかと探していく。だからフルタイム仕事しているようなもんなんです(笑)。そんなことまでやらないと、本当の高画質の映像は出せないということなんですよ。
- 精細感のノイズ感というのも相反するわけですが、これはNRの技術ということになりますか?
- 実は我々は、NRというのは基本的にかけない方針にしています。どんなに優れた3次元ノイズリダクションでも、物体が動いているものに対してぼけてしまうことがあります。また映画のフィルムグレインみたいなものが抑えられすぎちゃって質感が出なかったり、湯気や霧のパターンみたいなものが消失してしまうということもあります。ですから基本的にはNRに頼らないで、ノイズ感を抑えつつ精細感も出そうというのが、我々の技術開発の目的です。その中のひとつとして、「ディテールリアライザー」というものがあります。
- 例えば空と木の映像では、ヒストグラム分析すると、背景の空はある輝度に集中しています。ノイズが気になるというのは、人間の視覚上プレーンであるところにウジョウジョ動いているのが気になる。逆に木の葉のような込み入った場所にノイズが載っていたとしても、ほとんど気にならないんです。そこでプレーンで面積の大きいところを検出して、その部分だけシャープネスを落として、他は落とさないようにする。シャープネスを輝度別にダイナミックに変えてやることによって、二律背反する精細感とノイズ感を両立させているわけです。
- じゃぁ放送の生データよりも、きれいに見えているということですね?
- そうです。このさじ加減というのは、絵作り担当の判断でいろいろできるんですけど、デジタル放送をそのままマスターモニターで見るよりは、もっときれいになるという可能性もありますね。
- 最後に色のお話をお伺いしますが。最近は広色域パネルの登場で、にわかに注目されるようになった部分ですね。新REGZA〈レグザ〉もx.v.Colorをサポートしましたが。
- 自然界の色って、実際に放送で再現できる色よりもはるかに多いんですよ。REGZA〈レグザ〉ってリアリティを追求するんだから、やっぱりそういうのもなんとかケアしてあげたいよねと。ただそのためにパネルの色域をどんどん広げていくと、今度は元々の色がだんだん違った色になってしまう。そのところを、放送の規格の色は押さえ込みます、ただx.v.Colorが来たときは、ちゃんとそこまで表示してあげますよと。
- これ、簡単に思われるかもしれませんけど、なかなか実際にはうまくいかないものでして。色域の中心というか、白からRGBの原色に向かって綺麗に広がってくれれば、単に色が増えるんですけど、実際にパネルの色域は均等に広がらないで、ある一軸が延長された形になっちゃうんですよ。そんなパネルでもちゃんと、REGZA〈レグザ〉のカラーイメージコントロールで色を元に戻してあげる処理をしています。
- 実は今回のパネルは、色域がBT.709(ハイビジョンの放送規格)に対して、広くなってるんですね。特に赤方向とグリーン方向です。それが拡大しているということで、そのまま本来のYCbCrからRGBへのマトリクス変換をしてしまうと、赤がより深い赤になって、緑がより深い緑になってしまいます。そこを本来放送で送ってきているBT.709の規格と同じような色にしてやるというのが、我々の求めている自然な色合いを表現するのに必要だったんです。
- 特に重要なのが、やっぱり肌色ですね。何もしないと、当然色域が広がったぶんだけ、赤っぽい肌色はより赤っぽく、黄色っぽい肌色はより黄色っぽくなってしまう。肌色の微妙な色合いというのが忠実に再現されてこそ、一般の方も含めて高画質なテレビという評価に繋がりますので、中間色はより忠実に再現するということをベースにしています。
- まず入ってきたYCbCrの信号を輝度、彩度、色相に分解して、どこのエリアに入っているかを把握します。このパネルの場合、そこの色を別の軸に持ってきたほうが本来の色になるということであれば、その色をこちらに持って行くとか、そういったことを三次元マトリクスの中で自由自在に設定できるようになっています。
- これを色空間変換と言っていますが、このように三次元的に自由にできるのが、「カラーイメージコントロール・プロ」です。これを駆使して、永井がより中間色が自然な色になるようにしています。ただし、せっかく色域が広くなったんだから、原色に近い本当の赤とか本当のグリーンが来た時は、彩度感や鮮やかさを出したほうがより記憶色に近づく。そこが腕の見せ所なわけです。
東芝REGZA〈レグザ〉は、これまでのテレビ、そしてデジタルの常識を覆す発想で、専門家から高い評価を得た。有り体に言えば、玄人も納得の絵作りなのである。
その姿勢は、画質モードにも現われている。多くのテレビでは、店頭ディスプレイ用に敢えて日常では使わないような高輝度・高発色のモードを備えている。いわゆる「店頭モード」と呼ばれるゆえんである。
REGZA〈レグザ〉は、この「店頭モード」をやめた。「あざやか」モードは存在するが、これは日中のリビングで観るための、ちゃんと実際に使えるモードである。もちろん営業サイドからは強い反対はあったが、REGZA〈レグザ〉の商品企画・開発サイドは、もう意味のない競争はやめようと誓った。最終的には営業サイドも、そのポリシーに共感したという。
「自然に」というのは本当に難しい。技術が高まれば、どうしても「やりすぎ」てしまう。そこをぐっと我慢して、引くところは引くということができるのは、開発者が理想の絵を冷静にイメージしているからである。
店頭に並んでいれば、確かにREGZA〈レグザ〉の絵は地味に見えるかもしれない。だがそれこそが、実は本物の証なのである。
■関連情報
□東芝 http://www.toshiba.co.jp/
□東芝 REGZA〈レグザ〉 http://www.regza.jp/product/tv/top.html
□東芝直販サイトShop1048 http://shop1048.jp/
■関連記事
□東芝、倍速/USB HDD録画対応のフルHD液晶テレビ
−レグザリンク対応37〜57型「REGZA Z3500」
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070820/toshiba2.htm
小寺信良
テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。