CDMA10周年特別企画 日本のケータイの進化を支えてきたクアルコムのワイヤレステクノロジー(法林岳之 執筆)

日本をはじめ、世界のケータイ市場において、さまざまなシーンで重要な役割を果たしてきたと言われる米クアルコム。今年は日本でcdmaOneのサービスが開始されてから10周年を迎える。普段、私たちが使っている多くのケータイには、クアルコムが持つテクノロジーがさまざまな形で活かされている。ケータイの進化を支えてきたクアルコムのワイヤレステクノロジーについて、紹介しよう。

cdmaOne開始から10周年を迎える日本市場

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多くのケータイに付いている
「QUALCOMM 3G CDMA」の文字

 「クアルコム(QUALCOMM)」という名前を聞いて、読者のみなさんは何を思い出すだろうか。少し古いパソコンユーザーなら、「EUDORA」というメールソフトを思い出すかもしれないが、やはり、近年はケータイの進化を支えてきたワイヤレステクノロジーの企業というイメージが強い。私たちが普段、利用している多くのケータイには「QUALCOMM 3G CDMA」と刻印やシールが付けられており、本誌のニュース記事などでも最新のワイヤレステクノロジーを開発する企業として取り上げられているので、ご存知の読者も多いだろう。なかでもauユーザーにとっては、CDMA技術を活かしたcdmaOneやCDMA2000 1xなどのサービスを利用してきたこともあり、身近に感じられる存在となっている。

 クアルコムは1985年に米サンディエゴで設立された企業で、輸送車と配車センターの間で、効率良くワイヤレスデータ通信を行なう「OmniTRACS」の開発からスタートしている。その一方で、いち早くから「CDMA(Code Division Multiple Access/符号分割多元接続)」と呼ばれるワイヤレス技術に注目し、研究開発を進めていた。CDMA技術は元々、1960年代に軍事技術として使われていたものだが、クアルコムがこれをケータイの技術に応用し、実際のサービスに発展させたものが現在の3Gケータイで広く採用されているCDMA技術のベースとなっている。

 日本において、クアルコムという名前が知られるようになったのは、やはり、1998年7月14日に当時のDDI-セルラー(現在はKDDIに合併し、auブランドでサービスを提供)が開始した「cdmaOne」のサービスが開始されたときだろう。今年は日本でのcdmaOneサービス開始からちょうど10年を迎える。PDCという国内のみで採用されている規格が主流だった当時、cdmaOneは複数の電波をキャッチして合成する「レイク受信」、複数の基地局と同時に通信をしながらスムーズに切り替える「ソフトハンドオーバー」など、最新のワイヤレス技術を活かした高品質なサービスを実現していた。かく言う筆者自身も翌1999年に当時の日本移動通信(IDO)が関東で開始したcdmaOneサービスを契約し、それまでのPDC方式のケータイでは体験できなかった安定した通話品質に驚かされたことをよく覚えている。

今年でサービス開始10周年となる、日本におけるCDMAの歴史

今年でサービス開始10周年となる、日本におけるCDMAの歴史

 その後、第二電電(DDI-セルラー)、KDD、日本移動通信が合併して現在のKDDIになり、cdmaOneも3Gサービスの「CDMA2000 1x」へと進化を遂げてきたが、日本のケータイ市場において、特に大きなインパクトを持って迎えられたのが、2003年の「CDMA1X WIN(CDMA1x EV-DO)」の開始とケータイ初のパケット通信料の定額制サービス「EZフラット」(現在の「ダブル定額」)の提供だろう。

 当時はメールやコンテンツ閲覧など、ケータイの活用範囲が音声からデータ通信に急速に拡大し始めていたが、CDMA1x EV-DOのデータ通信に特化した高い周波数利用効率を活かすことにより、それまで不可能と思われていたパケット通信料の定額制サービスを実現したわけだ。このパケット通信料の定額制の登場により、モバイルインターネットの世界はさらに拡大し、着うたをはじめとする新しいコンテンツビジネスを生み出すことに成功している。

 こうした新しい通信方式では、既存のインフラストラクチャとの関係が重要になるが、クアルコムとKDDIはバックワードコンパチビリティをしっかりとキープしながら、cdmaOne、CDMA2000 1x、CDMA1x EV-DO Rel.0、同Rev.Aとワイヤレスネットワークの世代を進めており、使い勝手の面でユーザーに負担を掛けることなく、着実に次世代への橋渡しを実現してきた。

 その一方、クアルコムはもうひとつの3Gケータイの方式である「W-CDMA」についても国内外の関係各社に技術ライセンスを供与し、ベースバンドチップセットを供給するなど、幅広い形でW-CDMA方式の進化と発展にも寄与してきている。

 また、サービスという面では、クアルコムが持つ「gpsOne」も重要な技術であり、大きな影響を与えている。クアルコムは2000年1月に約10億ドルでGPSの技術を持っていた米SnapTrackを買収し、gpsOneの技術を完成させている。そして、早くも翌2001年には、KDDIの「EZナビゲーション」のサービス開始に貢献している。EZナビゲーションはその後、「EZナビウォーク」「EZ助手席ナビ」などに進化し、auの人気サービスに成長している。現在では同じ技術を利用したGPSによる位置情報サービスがW-CDMA方式でも採用され、広く利用されている。

 現在、3Gケータイは世界各国でサービスが開始され、着実に拡がりを見せているが、本誌読者ならよくご存知のように、日本は世界でもっとも3Gケータイが普及した国であり、高機能かつ高度なサービス内容は世界各国の携帯電話事業者や関連企業からも高い注目を集めている。こうした状況を生み出した背景には、日本の携帯電話事業者の3Gケータイに対する積極的な取り組み、端末メーカーやコンテンツプロバイダをはじめとする関係各社の創意工夫、そして、ケータイをアクティブに活用してきたユーザーの存在があるが、それらをクアルコムのワイヤレステクノロジーが陰で支えてきたことも見逃せない要素のひとつと言えるだろう。

世界に類を見ないクアルコムのビジネスモデル

 クアルコムはケータイをはじめとするワイヤレス通信の世界で、常に高い技術力を発揮してきたが、その背景にはどんなものがあるのだろうか。クアルコムの特徴的なビジネスモデルと一緒に紹介しよう。

 まず、クアルコムはCDMA2000 1xやW-CDMA、TD-SCDMA(国内未提供)など、CDMA方式の技術ライセンスを持つ企業として、広く知られている。この部分だけをクローズアップしてしまうと、技術ライセンスのロイヤリティによる売り上げのみで利益を上げている企業のように見えてしまうが、実は違う。

 クアルコムにとって、技術ライセンスのロイヤリティによる売り上げは、会社全体の売り上げの約3割にとどまっており、大半となる約6割はベースバンドチップセットのMSMシリーズをはじめとした半導体の売り上げが占めており、残りの約1割がサービスによる売り上げとなっている。つまり、技術ライセンスの企業というより、技術ライセンス供与も行なう半導体会社という印象に近い。

クアルコムのビジネスモデル

クアルコムのビジネスモデル

 クアルコムという企業を見るとき、もうひとつユニークなのが研究開発への取り組みだ。クアルコムがCDMA技術にいち早く着目し、実用化へ向けて研究開発に取り組んできたことは前述の通りだが、当初は実現不可能とまで言われた時期があったという。にも関わらず開発が続けられ、今日のサービス実現へとこぎ着けたのは、クアルコムが研究開発に積極的に取り組んできた企業であることが関係している。

 クアルコムは2007年度の実績で年間約88億ドルの売上だったが、実はその内、約20%以上を研究開発に注ぎ込んでいる。過去を振り返っても2000年以降、売上高に対する研究開発費は約10%以上を割り当て続け、その比率を高めてきた。日本円に換算すれば、2007年度だけで1,900億円以上もの巨額を開発費に注ぎ込んでいることになる。世界にはさまざまな企業があるが、研究開発に20%も投資する企業はごく限られており、一般的な電機メーカーはその多くが5%前後で、先進的な通信事業者でも2%程度にとどまっている。世界を代表する半導体メーカーでも約15%前後であり、いかにクアルコムが研究開発に積極的に投資をし続けているかがわかる。こうした研究開発への投資があるからこそ、他に例のない新しい技術が生まれ、ケータイをはじめとするワイヤレス通信を発展させることができたわけだ。

クアルコムの研究開発費の推移

クアルコムの研究開発費の推移

 また、クアルコムは技術ライセンスのビジネスにも特徴がある。技術ライセンスに対するロイヤリティは、ライセンスを持つ企業の考え方によっていろいろなスタイルがあるが、一般的には1台あたりいくらといった計算をする。これは私たちが普段、使っているパソコンのアプリケーションソフトなどでも同様だ。通常のライセンスビジネスでは、この1台あたりいくらという金額をベースにロイヤリティ計算されるわけだが、多数の契約をすれば、ボリュームライセンスという形で若干割安になるといったケースもある。これらはソフトウェアのライセンスなどに限らず、一般的な商取引でも慣習として定着している。ただ、ひとつの製品を開発するのに、複数の異なる企業の技術ライセンスが必要なケースもあるため、場合によってはロイヤリティだけで、たいへんな金額になってしまい、製品のコストが高くなり、実際の販売価格も割高になってしまうことがある。

 これに対し、クアルコムの技術ライセンスに対する標準ロイヤリティレートは、端末価格の5%未満というルールが決められている。これは同社が1991年に決めて以来、守られてきているルールだ。しかも技術ライセンスは包括的な契約となっており、1991年当時に37件だった米国での特許件数は、2008年3月現在、約7,200件に増えているにも関わらず、ロイヤリティのパーセンテージは変更されていない。つまり、利用できる技術が何百倍にも増えているが、端末に占めるロイヤリティの割合は変わらないわけだ。もう少し具体的な例を挙げるなら、将来的に3GのケータイにMediaFLOが搭載されても変わらないし、CDMAとW-CDMAやGSMといった複数の通信方式をサポートするマルチモード端末を開発したとしても端末に占めるロイヤリティのパーセンテージは変わらない。こうしたビジネスモデルは、半導体産業やソフトウェア産業だけでなく、他業種を見てもあまり例のないスタイルと言えるだろう。

 しかし、そうなると、クアルコムとしてはどのように売り上げを増やしていくのだろうか。単純に考えれば、高機能な端末を増やし、端末価格の上昇を期待するということに結びつきそうだが、実はクアルコムはまったく異なる手法を採っている。それはより多くの新規参入を促し、市場全体を拡大することで、自らも成長するというスタンスでビジネスが進められているのだ。

 たとえば、W-CDMA方式を例に見た場合、2001年には端末メーカーは数社しかなかったが、2003年頃を境に急速に端末メーカーが増え、2007年にはすでに30社を超えるメーカーがW-CDMA方式に対応した端末を製造している。今年、CDMA/W-CDMAの端末は世界で5億台が販売される見込みだが、2008年度の端末の全世界での平均価格は217ドルに抑えられる見込みで、もっとも低価格なレンジの端末ではW-CDMA方式で78ドル、CDMA方式では30ドル以下の端末も数多く登場している。日本のケータイは全般的にハイスペックかつ高機能であるため、なかなか比較しにくい部分でもあるが、端末の平均価格が抑えられ、100ドルを切る低価格端末が登場しているのは、市場全体が拡大し、競争が展開されているからこそ、実現できていることを裏付けるものと言えるだろう。

CDMAおよびW-CDMAの端末における、全世界での平均価格の推移。年々、低価格レンジの端末平均価格が下がってきているCDMAおよびW-CDMAの端末における、全世界での平均価格の推移。年々、低価格レンジの端末平均価格が下がってきている

(出所): Qualcomm Inc. FY2008Q2 決算資料より
CDMAおよびW-CDMAの端末において、低価格レンジの端末平均価格が下がってきている

日本のケータイを進化させるクアルコム

 私たちが常に持ち歩き、いろいろなシーンで活用するケータイ。今や生活に欠かすことができない道具のひとつだが、普段、何気なく使っているケータイには、数多くの技術が搭載され、それらが活かされることで、さまざまなサービスや機能を実現されている。

 なかでも日本のケータイは、世界中の携帯電話事業者や端末メーカー、コンテンツプロバイダ、関連企業から注目を集めるほど、高度な進化を遂げてきた。クアルコムは1998年のcdmaOneにはじまり、2000年の64kbps高速パケット通信、2003年のCDMA1x EV-DOによるパケット通信料の定額制サービス、gpsOneによるナビゲーションサービス、W-CDMA方式から進化したHSDPAによるモバイルブロードバンドなど、日本のケータイをオモシロくするための仕掛けを提供してきた企業であり、日本のケータイの進化を陰から支えてきた立役者でもある。

 cdmaOneから10年。クアルコムはMediaFLOや次世代の無線通信技術など、これからも積極的な研究開発によって生み出された最新のワイヤレステクノロジーにより、きっと日本のケータイのさらなる進化に貢献してくれるに違いない。

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows Vista」「できるポケット LISMOですぐに音楽が楽しめる本」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。「ケータイならオレに聞け!」(impress TV)も配信中。asahi.comでも連載執筆中

▼関連情報
・QUALCOMM
http://www.qualcomm.co.jp/

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