パイオニアのBDドライブ、BDR-S05Jを開発したメンバーにインタビューする機会が得られたのでお話を伺ってきた。その前にBDR-S05Jがどのような製品なのか、製品の開発者の方々から聞いたので紹介しておこう。
パイオニアの最新BDドライブ、BDR-S05J。世界初の12倍速書き込みを実現した。カラーはブラックとホワイトの2種類が用意されている。
ドライブのフロントは以前からの特徴を継承しており大きめのカバーになっている。このカバーの大きさと専用パッキンによって密閉による静音、防塵、防振効果を生み出す。本製品から、CDやDVDのロゴがなくなっており、すっきりしたデザインになった。
ピックアップにはDVDやCD用の赤(左)とBDの青(右)のレンズが搭載されている。また液晶補正機構がピックアップに搭載されているのもパイオニアドライブの特徴だ。
前述のとおり、BDR-S05Jは世界唯一の12倍速書き込みに対応したBDドライブ。BDドライブの12倍速は事実上の最高速度だ。これは、12倍速時のディスクの回転数が10,000rpm前後になり、ディスクに傷などがあった場合、それ以上の回転速度にディスクが物理的に耐えきれないからとされている。万が一傷やひび割れがあるディスクをこれ以上の速度で回転させた場合、ディスク自体の重みと遠心力でばらばらになってしまうのだ(もちろんパイオニアのドライブには万が一ディスクが割れるような事があっても安全性を確保するようなガード機構がくみこまれている。他のメーカーのものにはそのような対策がされていないドライブもあるようだ)。BDR-S05Jでは、この12倍速という高速書き込みを、シングルレイヤーの1層ディスクだけでなくデュアルレイヤーの2層ディスクでも実現した。
12倍速を実現するためには、さまざまな技術が必要となるわけだが、とりわけ分かりやすいのがディスクの安定した回転をキープするための仕組みだ。
ディスクの情報はレーザーによって読み取るのだが、焦点を合わせなければ読み出しができないため、ディスクとピックアップの距離が一定しているのが望ましい。しかし、回転するディスクにはさまざまな力が働いており、距離が一定しない。そのため、ディスクとピックアップの距離を一定に保つ技術がキモとなる。
ディスクとピックアップの距離が安定しない原因はいくつかあるが、主に以下の3点となる。
@ 回転しているディスク自体の共振やディスクの歪み
これは主に高速でディスクを回転させた時に、ディスク自身が色々なパターンで波打つように振動しながら反ってしまう事によって発生する。また品質の悪いディスクでは、ディスクの偏芯やバランスずれと言われる状態がさらなる振動を引き起こすのだ。偏芯とはディスクのセンターの穴の位置がずれている状態を指す。硬質なポリカーボネイト製ディスクのバランスがずれていると聞いても、あまりイメージがわかないだろう。しかし、10,000rpmという超高速回転の状態におかれたディスクは、レーベル面に貼られたシールのようなものだけでなく、片寄って印刷されたインクの量の差でさえもバランスが崩れ、振動の一因となりえる。
A ディスクの回転によって生まれる空気の流れ
ディスク回転時に生じる空気の流れも無視できない。円盤の中心から外側に、あるいはディスクの回転する方向に生じた空気の流れは、ドライブという「箱」の中で跳ね返り、ディスクを揺らすことになるのだ。この予測不可能な気流を制御する必要がある。
B 外部からの衝撃
外部からの衝撃もさまざまだ。それはドライブ自体をユーザーが叩いてしまったり、揺らしてしまったときに発生する。はたまた、ドライブの近くで歩き回るときの揺れや通りを走る車の振動など、微細なものまでもが影響を与える。古くからのユーザーにはなじみ深い話だが、光学ドライブの書き込み時には近くで物音を立てない、歩き回らないというのが、常識化していた。実際、書き込みエラーが発生しにくくなる対策が実装されるまでは、一発の衝撃で書き込みが失敗していた。対策がされたあとでも、読み出し時のエラーの原因となるとして、その儀式は長いこと守られていた感がある。リード機能の強化によって今でこそそれほど気にならなくはなっているが、本来はそれほど神経質な問題なのだ。
これらの問題を解決するために、ハードウェアとソフトウェア両面から、さまざまな対策が取られている。分かりやすいのがハードウェアの構造だろう。その一つが前述のAで挙げた「空気の流れ」の制御だ。
パイオニアのドライブにおいては、ディスクの回転によって生じた風は手前側の左右の端から奥に繋がる空気の通り道に沿って流れていく。そして、その風は奥で跳ね返り、天板にあるディスク共振スタビライザーによって下方向の風向きに変わる。この下向きの風によって上からディスクを押さえ付ける仕組みだ。この制御によって本来ならデメリットとなるディスクの回転によって生まれる空気の流れを逆手にとり、ディスクの振動を防いでいる。BDR-S05Jでは、基板面積を小さくすることによって、さらに空気の流れる量を増加させ、性能を向上させているとの話だ。
細かなスポンジによる、空気の流れの制御もBDR-S05Jの特徴だ。各ブロックを分けるスポンジや、空気の入って欲しくない場所には丁寧にスポンジが切り貼りされている。スポンジにはドライブ内の空気のコントロールと同時に振動を吸収する役割もあり、これもまた共振を防ぐ効果があるようだ。ちなみにこのスポンジが写真の用に細かく施されているのはリテール版のみで、一般向けの製品などは用途や目的、価格によってこれらの部分が大幅に省略されているとの事。リテールボックスの製品の方がより信頼性の高い作りをしていると言える。
天面に施されたハニカム構造
また、ケースそのものの強度を上げ共振を防ぐためにドライブの天面にはハニカム構造が施されている。ハニカムとは蜂の巣の意で、写真にある正六角形の模様がそれだ。ここはドライブの後部から反射して流れて来た空気があたる場所になるため、重点的に強度を上げてあるのだろう。
これら空気の流れの制御や強度の向上は、ドライブの静音性にも直結するため、静かなドライブの証明にもなる。
ソフト面での改良も大きい。パイオニアでは世界中のさまざまな書込み/書き換え用ディスクの解析を行っており、それらの情報を元にした、ディスクごとに最適な書き込み方法がデータベース化されドライブのファームウェアに納められている。しかし、ディスクの低価格化に伴い有象無象のディスクが氾濫するようになりつつあり、これまではそうしたディスクを購入しても、データベースになく適切に書き込みが行えないため、ディスクを排除し書込みをしないようにしていた。BDR-S05Jでは、そのようなディスクでも、新開発の最適記録ストラテジー予測アルゴリズムによって、高精度で書き込みが可能になっている。
また、従来から好評だったPureRead機能もアップデートされている。PureRead機能は傷やほこりなどによるオーディオCD再生時の音源劣化をふせぐ機能。古いオーディオCDは傷によって読み出しエラーを起こし原音を忠実に再現するのが難しくなっていく。一見きれいに見えるディスクでも目に見えない傷が無数に付いており、通常は、傷によって読み出しエラーが発生した場合、前後のデータの平均値を取って、欠落部分の音を補間している。これが音源の劣化を招くわけだ。PureReadは、この読み出しエラーが起きた部分を独自のノウハウで読み取り方法を変化させながらリトライを繰り返し、欠落した部分のデータを正しく読み出してゆく。実際この機能で古いCDの原音が蘇ったと音楽誌のライターやPCオーディオ愛好家にも好評とのことだ。古いオーディオCDをこの機能でバックアップし、これまで補間により変化し埋もれていた原音を読み出したオーディオCDのコピーを作成して楽しんでいるユーザーも多いと聞く。そのPureRead機能もPureRead2にアップデートされ、より多面的に欠落部のデーター読み取りを行うアルゴリズムに改良されている。
インタビューを行った場所は川崎にあるパイオニアの川崎事業所で、現在はドライブの開発・企画・販売関係の部署が集中している建物だ。以前は関係の部署が東京都の目黒や埼玉県の所沢に分かれていたという。
ファーム担当 大島氏
ファーム担当 津留氏
電気系担当 原田氏
電気系担当 石井氏
お話を伺ったのはファームウェア担当の大島氏と津留氏、電気系担当の原田氏と石井氏の4人だ。
――みなさんの担当している部分について教えてください。
(大島氏)
ファームウェアの開発をしています。主にメカ制御ソフトウェアの設計を担当しました。
(津留氏)
ファームウェア開発の津留です。BDR-S03Jに引き続き、高倍速対応ということで、パソコンからドライブ側へのデータの受信速度を向上させる作業を担当しました。
(原田氏)
原田です。電気系担当です。主に再生制御に関する設計をいたしました。また、品質技術部門で問題が発生した際の解析や、担当者分担などを行いました。
(石井氏)
電気系担当です。モーター系とピックアップ系の制御設計を行っていました。
――モーターと言うと、ディスクを回転させたりするモーターのことですか?
(石井氏)
はい、そうです。回転速度の高速化によって、サーボはずれ等のエラーがおこりやすくなるため、ディスクの回転とピックアップを従来以上に安定して制御する必要が出てきます。今回は主に、12倍速を実現する制御部分を担当しました。
――12倍速度ドライブを実現するにあたって苦労した点などをお話ししてもらえませんか?
(大島氏)
DVDでの高速化のときとは違った問題が多く発生したのに苦労しました。そこをなんとか抑え込んでやるぞという感じでメンバーがいろいろなアイデアを考えてくれたのですが、それらをファームウェアとしてどう実現していくかが難しかったですね。 またディスクに実際にデータを記録する前の準備動作についても時間短縮を行ったのですが、いままで行っていた必要な処理を削除するわけにもいかないので、 少しずつの短縮の積み重ねで実現するしかなく、とても大変でした。
(津留氏)
ファームウェアのオーバーヘッドをいかに減らすかで苦労しました。ディスクの書き込み中でも、すべての部分が稼働しているわけではないので、そのような無駄を、試行錯誤して減らしていくわけです。この作業はAからやった方が早いぞ、いや、Bからやった方がと言ったような組み合わせを試してみる繰り返しです。今回は使用しているDSP(Digital Signal Processor)に搭載された機能と今までのノウハウとの合わせ技でスピードアップを図っています。
(原田氏)
12x高速化と基板サイズダウンを両立させるため、ノイズを抑えるというハードウェア面での改善に苦労しました。12xと高速化したことで、発生するノイズが大きくなる一方、許容できるノイズのマージンは少なくなります。ノイズはピックアップからの信号に悪影響を与えるため、基板上でノイズ対策をする必要があるのですが、基板をサイズダウンしたことでその難易度が増し、非常に苦労しました。
取材時には実際にドライブを分解しながら解説していただいた
(石井氏)
とくにピックアップの制御に苦労しました。ピックアップは、ユーザーがPCを揺らすなどのドライブ外部からの衝撃に耐える必要があります。これは、ユーザーがPCの周りを歩き回っただけでも発生します。また、ディスクの製造バラツキにも耐えられる設計が必要です。そこで、ディスクの面振れや偏芯などによって起こるディスクのひずみをリアルタイムに監視することによって、毎回ディスク毎に最適なPU制御を実現しているのですが、その制御に苦労しました。
偏芯とは、ディスクの中心の穴がセンターからずれている状態を指します。偏芯の大きなディスクになるほど、トラッキング方向の制御が難しく、高倍速では難易度が高くなりますが、今回の製品では、この偏芯成分を押さえ込む特殊な制御を実施しています。
――問題発生時には原田さんが問題点の切り分けや担当者割りを行っているとのことですが?
(原田氏)
製品主幹は電気系が担当するため、1次解析は電気系で担当しています。そこから誰がどこを改善すればいいのかを突き詰めていきます。最近、関連部署がこの川崎事業所に集まったのですが、それにより開発の効率が上がりました。以前はちょっとした会議を行う場合にもすごく時間がかかっていました。所沢と目黒に分かれていたため、打ち合わせをするには最短でも1時間半ほど移動にかかるんです。今は同じフロアの真ん中にあるスペースで問題点や案を出しているうちに人が集まって実質的な会議になってしまいます。ワンフロアに開発の部署を集めた結果、即時的な問題解決への相談ができるようになりました。
今回快く取材に応じてくださったパイオニアの皆さん
パイオニアでは「読めないディスクを作っても意味がない」という信念の元、ほかのドライブでディスクを再生しても問題の起きない高品質な書き込みを、12倍速という速度で実現している。
話の中でパイオニアDNAと言う言葉が何度か出できた。それは、12倍速記録であっても書き込みクオリティーに妥協をしないと言う点へのこだわりだ。製品は自信を持って送り出したい、クオリティーで手を抜かない、というわけだ。実は、一定条件下での12倍速記録であれば比較的早い時期に実現が可能だったのだそうだ。しかし、温度やさまざまな条件を鑑みた場合、エラーが多発することもあり、他社ではできてもパイオニアとしては、製品化はできない。速度を上げただけで、クオリティを下げてしまう妥協はしないのだ。その為に納期に追われつつも、徹底的に検証と改良を繰り返して製品化を行ったとのこと。パイオニアの社員にはこのような気概を持った方が多いそうだ。この物作りに手を抜かない、言い換えれば手が抜けない性格がパイオニアDNAのなせる技なのだろう。
次回は、そのパイオニアの製品の生産拠点である十和田パイオニア(株)におじゃまする予定だ。パイオニアはどのような環境で信頼性の高いドライブを世の中に送り出しているのか。その秘密に迫るとしよう。
(Reported by 山本倫弘)
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