そうした悩みを一挙に解決してくれるのが、東北パイオニアのカスタマイズ可能な高級ヘッドホン「SE-CLX9」だ。同社ヘッドホンのフラッグシップモデルという位置づけで”買った後でも付け心地と音質の両方を調整できる”ことが本ヘッドホンだけの大きな特徴となっている。本ヘッドホンのほか、付け心地をカスタマイズできるスタンダードタイプの「SE-CLX7」もラインアップされている。
音響ドライバにはカナル型に最適な「バランスド・アーマチュアユニット」を同社で初めて採用している。本ユニットの構造は、コイルによって鉄片を上下に駆動させ、この振動をドライブロッドを通じて金属製のダイヤフラム(振動板)に伝えるしくみだ。小型・軽量に作られているため、音源を耳穴により近づけて高効率で鳴らすことが可能で、繊細で明瞭なサウンドが楽しめる。また、伝達効率の良い金属製の振動板を用いることで、歪みの少ないクリアな中高域の再生を可能にしている。
ドライバユニットはアルミダイキャストのボディに内蔵されていて、手にすると高級ヘッドホンらしい物理特性の良さと、質感の高さが感じられる。艶やかなブラックカラーのエッジに光るアルミラインの光沢感がスタイリッシュだ。本体重量は8gと軽量で、ボディのサイドがつまみやすくカットされているなどハンドリングもよく考えられている。コードは首の後ろにまわすタイプで、コード分岐部に付けられた「Pioneer」エンブレムが渋いアクセントになっている。
1つめは装着感のカスタマイズだ。耳穴に差し込む「イヤホンチップ」が交換可能なだけでなく、耳穴周囲の窪みを塞ぐ「イヤーホルダー」もパーツとなっていて交換ができる。イヤホンチップとイヤーホルダーは、それぞれS/M/L/LLの4サイズが用意されていて、自由に組み合わせが可能。LLサイズまで選べるので多くの耳サイズに対応できる。耳穴とその周囲を二重に塞ぐ「3次元形状フィッティング構造」で、カナル型で必須となる耳穴への密着がカスタマイズできるしくみだ。
S、M、L、LLの4サイズのイヤホンチップ。自分の耳穴に合った大きさがセレクトできる
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同じく4サイズのイヤーホルダー。耳穴の入口近くのくぼみ部分(耳甲介腔部)に合う大きさを選ぶことで、より完璧なフィット感が得られる
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カスタマイズした装着感はカナル型でトップレベルと言って良いだろう。筆者の場合、Mサイズのイヤホンチップ+Lサイズのイヤーホルダーが耳に最もフィットして「なるほど、自分の耳は外側が大きい割に中が小さかったんだ」と判ったりする。カナル型を諦めかけていた筆者にとって、ここまで満足できるフィット感に出会ったことは感動モノであった。実際に遮音性は高く、アウトドアや車内でも外音を気にせずリスニングできた。音漏れも最小レベルで静かな場所でも気兼ねなく楽しめそうだ。
2つめとして音質のカスタマイズもできてしまう。音の通り道となる「ノズル」が着脱可能なパーツとして用意され、このノズルの穴径による共振ポイントの調整と、ノズル内に設けられた網目状フィルターの密度によって、周波数特性をアナログ的に制御するしくみだ。ノズルは「Bass Tune 2」「Bass Tune 1」「Standard」「High Tune 1」「High Tune 2」の5つを選べ、Bass Tune 2が最も低域強調で、High Tune 2が最も高域強調になる。こうした部分にもパイオニアの音響設計のノウハウが投入されている。さらに、実際に試してみたところ、イヤホンチップなどの交換により、耳穴への密着度を調節することでも音質が変わることがわかった。密着度を上げると低域が出て、緩くすると高域寄りに調節できる。装着感だけでなく音質までカスタマイズできるのは本ヘッドホンならではの特徴で、これらイヤホンチップとイヤーホルダー、ノズルを掛け合わせると、なんと80通りものカスタマイズが可能になる。自分好みと装着感とサウンドテイストにこだわりまくれる、まさに音楽ファンに最適なヘッドホンといえるだろう。
まず、宇多田ヒカルのアルバムを聞いてみよう。バランスド・アーマチュアユニットは中高音域の分解能が高く、天井感のない高域のヌケの良さが特徴だ。こうした特性は、ハスキーでありながら声量と伸びもある宇多田ヒカルのスリリングな歌唱スタイルにマッチしている。「Simple And Clean」では彼女の英語ボーカルの切なさとダイナミックさを堪能できた。緊張感とスリリングさを味わいたいなら、やや高域に振った「High Tune 1」のノズルが最適に感じた。この設定だとボーカルは湿度が低く、ややハスキーに響くがサ行は荒れない。ヌケの良さとともにボーカル域の量感も確保されている。
分解能が高いためにドラムシンバルがさわやかに響く。ロック系エレキーベースは小気味良く、バスドラムはややタイトな印象で、音圧ではなく解像感で聞かせるタイプだ。最も低域寄りの「Bass Tune 2」ノズルを付けても低音は極端に膨らまないので、スケール感とパワー重視の人はこれを常用しても良いだろう。
何よりも印象深かったのは、中高域の定位感の良さと解像感の高さだ。宇多田ヒカルの曲はメインボーカルの巧さだけに聞き入りがちだが、本ヘッドホンで聴くと「Time Limit」のようにサブボーカルが効果的なアクセントになっていることがわかる。また「COLORS」のシンセの躍動感や、ストリングスのドラマチックさ、ウィンドチャイムのきらめき感など、UTADAサウンドの凝った音作りが手に取るように聞き分けられる。そうした分解能の高さと定位感の良さは、さすがバランスド・アーマチュアユニットという印象だ。
■High Tune 2 もっとも高域よりのノズルであり、天井感の無い高音の伸びはまさに「天上の音楽」 |
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■High Tune 1 音の量感を維持しつつも、抜けの良い音質。弦楽器の鳴らしも良好 |
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■Standard その名の通り「SE-CLX9」標準のノズルで、高・低音のバランスがとれた音質となる |
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■Bass Tune 1 やや低域よりで、落ち着きのある音になる |
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■Bass Tune 2 もっとも低域よりのセッティングだが、ブーミーにはならず、安定感がある |
解像感の高さでラウドな音楽もこなせるが、どちらかというとアコースティックな楽曲に向いていそうだ。ということで、アコースティック・ジャズギターの大御所であるアール・クルーのギターソロアルバム「Naked Guitar」を聞いてみよう。ガットギターの音は、わずかにドライで解像感が高く、弦をはじく音やフレットのシフト音などがリアルに伝わってきて指使いが見えるようだ。一見するとBGM的なアルバムに思えるが、本ヘッドホンで聴くと、中高域に彫りの深さと繊細さが出て、ギターワークに豊かな表情と存在感が感じられるようになる。細かいフレーズの表現力や弦の余韻もすばらしく、アール・クルーの円熟したジェントルさに浸ることができた。「High Tune 1」ノズルで聞くとギターワークの指使いがより明瞭になる。バランス重視だと「Standard」で、落ち着きが欲しい時は「Bass Tune 1」も悪くない。
このほかフュージョンだとパット・メセニーのナチュラルなギターワークにも向いている。古典ジャズだと、ザ・デイヴ・ブルーベック・カルテット「TAKE5」のドラムワーク、Modern Jazz Quartetの艶やかなビブラフォンの響きも心地よかった。
クラシックではオーケストラの解像感も高いが、どちらかというと少編成の室内楽向きかもしれない。エヴァンゲリオン劇場版でも有名な「パッヘルベルのカノン」はとてもポピュラーな弦楽重奏曲だが、本ヘッドホンで聴くと各パートの存在感とハーモニーがひときわビビッドで新鮮に感じられる。特に「High Tune 1」ノズルで聞くと、サビ部分のバイオリンの伸びが素晴らしい。また、分解能の小気味よさはチェンバロにも向いていて「バッハのイタリア協奏曲」の華麗さや「スカルラッティのチェンバロ・ソナタ集」の豊穣さなど、チェンバロの繊細で雅やかな響きを楽しむことができた。
ストリングスが綺麗なので、大編成ならポール・モーリアなどイージーリスニング系のオーケストラに向いているだろう。アジアンなストリングスだと女子十二楽坊との相性も良い。筆者好みのアナログシンセ系だと、冨田勲の代表作「月の光」におけるストリングス系シンセの伸びやかさと、背景音の透明感には目を見張るものがある。ノイズの中に硬質なシンセ音をちりばめた「金星」(アルバム「惑星」)も本ヘッドホンにぴったりで、思い切って「High Tune 2」ノズルで聞くと、まさに天上の音楽に圧倒される。こうした”サウンド体験”ができるのも本ヘッドホンならではの楽しみだ。
全体的に見ると、ベールを一枚はがしたようにクリアで繊細なサウンドといえるだろう。試聴はMP3エンコードの楽曲で行ったが、どのジャンルのアルバムを聴いても「圧縮音楽にもここまでのディティールが隠されていたのか!」という新しい発見のできる音質だ。ノズルによる音質調整は、プレーヤーのイコライザー回路による調整よりも自然かつフラットな印象で、ギミックさを感じさせない点も好印象だった。
筆者としては、カナル型が初めて耳にフィットしたことと、好みの音質に仕立てられたことで、かなり満足できた。モノとしての質感やデザインでもポイントが高い。この快適さと上質さに慣れると、プレーヤー付属のヘッドホンにはもう戻れなくなる。「SE-CLX9」は、そんなユニークな魅力に溢れた高級ヘッドホンに仕上がっている。音にこだわるリスナーはもちろん、ヘッドホン購入で迷うビギナーにも勧めたいモデルだ。
増田 和夫 先端分野に強いオーディオ&ビジュアル評論家。 PC誌やWEBでの取材&評論で活躍中。 「モノの背景にあるコンセプトと開発者のメッセージを探りたい」 がモットーで、インタビューなどのジャーナリスティックな記事も得意。 1970年代からの録画ファンで、PC歴も20年以上のベテランだ。 |