NTTドコモが2001年にサービスを開始したFOMAは、第二世代のPDC方式に比べ、パケット通信によるデータ通信の速度を10倍以上も高速化し、「パケ・ホーダイ」というパケット通信料の定額制サービスを実現した。2006年からは下り方向で最大3.6Mbpsもの高速パケット通信を可能にしたHSDPA方式の「FOMAハイスピード」の提供を開始した。その第一弾端末として登場したNEC製の「N902iX HIGH-SPEED」が独特の存在感を持つデザインとともに、各方面で話題になったのも記憶に新しいところだ。わずか6〜7年ほどの間の出来事だが、ケータイは一気に高速化が進み、そのパフォーマンスを活かすサービスや機能の登場とともに、大きく進化を遂げてきた。
一方、固定網に目を転じてみると、基本的な電話サービスこそ変わりないものの、FTTHやADSLといったブロードバンド対応のインターネットを国内の50%以上の世帯が利用するほど、急速に普及が進んだ。ブロードバンド対応のインターネットでは基本的にパソコンなどをLANで接続することになるが、なかでもワイヤレスで接続できる無線LANも広く普及している。
今回、NECから登場した「N906iL onefone」は、通常デザインの端末に無線LANを搭載することにより、ケータイとブロードバンドという2つの通信サービスの連携を目指した端末だ。具体的には、NTTドコモが新たに提供する「ホームU」を契約すれば、最大54Mbpsの高速パケット通信、通常のFOMAよりも割安な通話料、「ホームU」契約者同士の24時間通話無料などのサービスを利用することが可能だ。通信業界ではこれから数年間の動向として、ケータイと固定網を融合させたサービスを実現する「FMC(Fixed Mobile Convergence)」が注目を集めているが、ホームUはまさにFMCを先取りしたサービスであり、N906iL onefoneではその環境をいち早く体験できるというわけだ。
NECでは従来からN900iL、N902iLと無線LAN搭載のFOMA端末を開発してきたが、いずれもNTTドコモから法人向けに販売されたものだった。これに対し、今回のN906iL onefoneは提供される「ホームU」というサービス名からもわかるように、一般ユーザーを対象にした製品であり、ドコモショップや量販店をはじめとする通常の店舗で購入することができる。
では、具体的にホームUを契約することにより、N906iL onefoneはどのように活用できるのだろうか。簡単に概略を説明しよう。
まず、N906iL onefoneは、N905iやN906iをベースにしており、ワンセグなどの機能を省く代りに、前述のとおりIEEE802.11a/b/gの規格に準拠した無線LAN機能を搭載する構成となっている。FOMAエリアでの接続については、下り方向で最大3.6MbpsのFOMAハイスピードに対応し、800MHz帯を利用したFOMAプラスエリアにも対応する。ちなみに、無線LANを搭載した端末は国内外でスマートフォンなどが販売されているが、通常デザインの端末において、IEEE802.11a/b/gという3つの規格に準拠した端末というのは非常に珍しい。
通信モードは、自分の使い方に合わせて4つの中から設定できる
無線LANについては、ESSIDや暗号化キーなどの必要な情報を設定をすれば、無線LAN搭載のノートPCなどと同じようにも利用できるが、N906iL onefoneではホームUを契約することにより、自宅のブロードバンド回線経由で、通常のFOMAエリアから接続したときと同等のサービスを利用できる。つまり、外出先ではFOMAエリアから接続し、自宅などに戻り、ホームU対応ホームアンテナからの電波が届く範囲(ホームUエリア)に移動すれば、自宅のブロードバンド回線経由でiモード公式メニューやインターネットにアクセスできるわけだ。FOMAエリアとホームUエリアの両方の電波が届くときは、いずれかを優先したり、片方だけを有効にするといった利用もできる。通信モードの切り替えは、[ch]キーの長押しで選択が可能だ。ちなみに、ホームUを契約していなかったり、公衆無線LANなどから接続しているときは、iモードのゲートウェイを経由しないため、iモードの公式メニューにはアクセスできず、FOMAエリア内からFOMA網を経由してアクセスすることになる。
ホームU対応ホームアンテナは、FTTHやADSLなどのブロードバンド回線に接続する無線LAN対応ルーターのことを指す。対応機種については、すでにNTTドコモのホームU解説ページで紹介されているが、環境によっては、ONUやADSLモデムと無線LAN対応ルーターを組み合わせて利用することになる。現在、利用している無線LANルーターが対応していれば、そのまま利用してもかまわないが、新たに無線LANルーターを用意するのであれば、「Aterm WR7870S」(NECアクセステクニカ)のように、IEEE802.11a/b/gの同時利用が可能な製品がおすすめだ。同時利用が可能な製品であれば、ノートパソコンやゲーム機などの接続をIEEE802.11b/gに任せ、N906iL onefoneはIEEE802.11aで接続するといった使い方ができるからだ。
設定については、NTTドコモが提供する「ホームU設定ソフト」を利用すれば、容易にセットアップすることができる。流れとしては、まず、ホームU設定ソフトを起動し、無線LANルーターからの情報を読み込み、一度、PCに保存する。N906iL onefoneの方ではデスクトップに表示されているショートカットから「ホームU初期設定サイト」にアクセスし、必要な情報を端末にダウンロードし、設定する。続いて、PCとN906iL onefoneをFOMA USBケーブルで接続し、N906iL onefoneからPC上で動作する「ホームU設定ソフト」に必要な情報を読み込み、最初に保存しておいた無線LANルーターの情報と統合し、再び無線LANルーターに書き戻すといった流れになる。基本的には、手順通り、操作をすれば、セットアップは完了するが、無線LAN機器の状態によっては、いくつか設定の修正が必要になる。たとえば、最近の無線LAN機器では前述のAtermシリーズをはじめ、ESSIDを隠す「ステルスモード」を搭載するものが多いが、こうした機器を利用しているときはN906iL onefoneの無線LANの「Scanタイプ設定」を「ACTIVE」に設定することで、ホームUエリアに移動したときに自動的に接続するようにできる。
実際に設定などをしてみないと、今ひとつイメージがつかみにくいかもしれないが、しくみとしてはN906iL onefoneからPPPoEを使い、ブロードバンド回線を経由して、NTTドコモのホームU網に接続する形になる。そのため、ホームU対応ホームアンテナにはPPPoEなどの接続情報を設定する必要があり、接続するブロードバンド回線も2つ以上のマルチセッションが必要になるということだ。ちなみに、ホームUを利用することで、必ずセッションを1つ消費するため、Bフレッツなどではフレッツスクウェアへのアクセスに切り替えが必要になるケースがあるが、NTT東日本・NTT西日本が提供する「フレッツ・セッションプラス」(月額315円)を追加することで、同時セッション数を増やすことはできる。
iモードサイトへのアクセスも驚異的に早い
フルブラウザからブログへの写真アップロードも高速
ホームUの環境からアクセスするときの通信速度は、あくまでも技術的な理論値になるが、送受信とも最大54Mbps(IEEE802.11a/gの場合)となる。これはノートパソコンなどでおなじみのIEEE802.11a/g準拠の無線LANの通信速度だが、N906iL onefoneで実際に使ったときの体感速度は驚異的に速い。N906iL onefoneの[iモード]ボタンを押し、iモードの公式メニューをアクセスしようとすると、瞬時に画面に表示される。iモードブラウザで他のコンテンツを閲覧してもその劇的な速さはまったく変わらない。単純計算をすれば、N906iなどで採用されているFOMAハイスピードの理論値の15倍(一部機種が対応する7.2Mbps版と比較しても約7.5倍)に相当する速さなので、当然と言えば、当然なのだが、そのレスポンスの良さは、まるでローカルに保存されたHTMLファイルをブラウザで読み込んだような印象だ。
この高速iモードはコンテンツが快適に閲覧できたり、音楽データやゲームなどのアプリが高速にダウンロードできるだけでなく、アップロードも高速になる。そのため、フルブラウザからブログへ写真などをアップロードするときにも役立つ。これに加え、ホームUのエリア内では、iモーションの最大容量が通常の10MBから最大50MBまで拡大されたものが利用できる。ちなみに、メールやiチャネルなどもホームUエリア内では、ホームU網を経由して送信されてくるが、N906iL onefoneと他の端末宛に同報メールを送信したところ、今回、テストした環境ではホームUエリア内で利用するN906iL onefoneの方が10〜15秒近くも早くメールが届くケースがあった。
iモードの公式サイトや対応サイトを閲覧できるiモードブラウザに対し、N906iL onefoneにはフルブラウザも搭載されており、PC向けのWebページも閲覧することができる。フルブラウザそのものは従来の端末から搭載されていたが、パケット通信料を定額で利用するには、通常のパケット通信料定額制サービスの「パケ・ホーダイ」ではなく、フルブラウザ対応のパケット通信料定額制サービス「パケ・ホーダイフル」の契約が必要だったため、料金面でもやや敷居の高い印象があった。
左:ホームU経由優先 右:FOMA経由優先。
優先設定している接続先により、画面左上のアイコンが切り替わるようになっている
ホームUの契約には、パケ・ホーダイ、もしくはパケ・ホーダイフルの契約が必須となっているが、実はホームUの環境では自宅のブロードバンド回線経由で、PC向けWebページにアクセスできるため、パケ・ホーダイしか契約していないユーザーでも無料でフルブラウザを利用できる。つまり、パケ・ホーダイしか契約していなくても自宅に帰ったときなど、ホームUのエリア内だけで、フルブラウザを利用するといった使い方もできるわけだ。テレビや新聞などで見かけた情報をちょっと検索したいときなどにもフルブラウザが利用できるのは、かなり便利だ。ただし、ホームU網経由で接続しているつもりでもFOMA網経由で接続してしまうと、通常のパケット通信と同じ課金になり、フルブラウザではパケット通信料が高額になってしまうので、画面に表示されているアンテナアイコンをよく確認したうえで、利用するように心がけたい。ちなみに、N906iL onefoneのブラウザメニューには「WLANブラウザ」という別のブラウザも用意されているが、こちらは主に法人向けソリューションなどで利用するためのものだ。
複雑なパスワードなども、コピー&ペーストすれば楽に入力できる
ところで、フルブラウザを利用し、PC向けWebページを閲覧するとき、サイトによってはユーザーIDやパスワードの入力を求められることがある。常にIDやパスワードを記憶していれば、済むことなのだが、サイトによって、内容が違っていたりするなど、なかなか覚えにくいところもある。そこで、N906iL onefoneでは定型文にセキュリティフォルダを設定し、暗証番号を入力しなければ参照できないユーザー作成の定型文を登録できるようにしている。フルブラウザ利用時に定型文を呼び出し、セキュリティフォルダ内に登録されているIDやパスワードをコピー&ペーストする形で利用するわけだ。これは公衆無線LANサービスなどを利用するときにも便利な機能だ。
N906iL onefoneが利用できる新しいサービス「ホームU」は、データ通信だけが有用というわけではない。実は、ケータイにとって、もっともベーシックな通話についても他の環境にはないメリットがある。
N906iL onefoneがホームUエリアにあるときは、パケット通信だけでなく、音声通話もブロードバンド経由で利用することができる。つまり、N906iL onefoneに割り当てられた「090」や「080」で始まる携帯電話番号に電話が掛かってくれば、たとえ、自宅がFOMAのエリア外だったり、電波状態が良くなかったとしてもホームU対応ホームアンテナからの電波が届く範囲であれば、発着信ともに利用することができるわけだ。 しかもホームU網に接続されているときの発信については、通常のFOMA網経由で発信したときの3割引きの通話料で電話を掛けることができる。料金プランによって、通話料は異なるが、標準的な料金プランである「タイプM」の場合、通常のFOMA網経由が30秒あたり14.7円であるのに対し、ホームU網経由なら、30秒あたり9.975円に抑えられる。帰宅後もケータイで頻繁に音声電話を利用するユーザーにとっては、ありがたいサービスと言えるだろう。
ホームU経由であれば、通話料もお得に利用できる
これに加え、ホームUを契約するユーザー同士の通話については、相手にかかわらず、ホームUエリア内での利用であれば、24時間、無料で通話できるのも見逃せないメリットだ。遠くに離れて住んでいる友だちや家族との通話にも利用できることになる。ちなみに、ホームUのエリア内からN906iL onefoneで発信したときは、相手にホームUで割り当てられている「050」から始まる電話番号が相手に通知される(発信者番号を通知している場合)。
NTTドコモが新たに提供する「ホームU」対応ばかりが注目されるN906iL onefoneだが、機能面では従来のN905iを継承しており、かなり充実している。
たとえば、3GとGSM方式による国際ローミング「WORLDWING」対応、GPSを利用した「地図アプリ」、おまかせデコメをはじめとする充実のメール機能、文字入力を快適にできる「PCライクキー」や「インライン入力」「MogicEngine」、待受画面の[7]キー長押しで簡単に切り替えられる「文字表示」や「拡大もじ」、自分の使い方に合わせてロックする項目を設定できる「オリジナルロック」などだ。もちろん、おサイフケータイや2in1、iチャネル、プッシュトークなど、NTTドコモが提供する主要サービスにも対応する。
端末の高機能化やサービスの高度化、そして、回線の高速化が進み、一段と手放せない存在となったケータイ。それだけに、外出先だけでなく、自宅などでも快適に使いたいと考えるものだ。N906iL onefoneとホームUという環境は、そんなユーザーの期待をいち早く具体化させてくれたものであり、これからのケータイの進化を占う意味でも非常に重要な端末だ。FMC時代を切り開く新しいケータイに期待するユーザーなら、N906iL onefoneは「買い」と言える端末だ。
法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows Vista」、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。「ケータイしようぜ!!」も配信中。asahi.comでも連載執筆中。
■関連情報
□「N906iL onefone」製品情報(NTTドコモ)
http://www.nttdocomo.co.jp/product/foma/906i/n906il/
□「N906iL onefone」製品情報(NEC)
http://www.n-keitai.com/n906il/
■関連記事
□ドコモ、「ホームU」対応の「N906iL」を19日発売
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/40418.html
□無線LAN対応、宅内のVoIPも使える「N906iL」
http://k-tai.impress.co.jp/cda/news/2008/05/27/40045.html