現在、各社からさまざまなヘッドホンが発売されている中で、どのようなものを選ばれているだろうか? ポータブルオーディオプレーヤーに付属しているものと買い換える際、チェックするポイントは性能、デザイン、そして値段になるであろう。
この中で予算だけを重視するのであれば、今や千円出せば、お釣りがくるようなものがいくらでもある。しかし低価格のものは音質や耐久性など、スペック的なところで、少しばかり不安なところがある。そうかと言って、1万円以上もするものは、お小遣いが渋くなった昨今、なかなか手を出しにくい。海外メーカーのブランド・ネームに憧れて、そのブランドの中で一番安いモデルを買ってはみたが、意外とケーブルなどの耐久性が低くて、がっかりしたことを筆者は経験済みだ。
デザインに関しては、近年ではオシャレ化が進んでおり、カラーリングもパステルや蛍光色のものがあったり、あるいはスワロフスキーやラメをあしらったキラキラ系の装飾が施されていたりとバリエーションが豊かになった。そうしたものは女性ユーザーにはいいのであろうが、成人男子がそんなものを付けていたら、電車内で目立ってしょうがない。男性ユーザーであれば、落ち着きのあるシックなデザインのものを選びたい。さらに音楽通ならば、外観よりも性能。高音質というところに、とことんこだわりたいところであろう。加えて耐久性にも優れ、コストパフォーマンスの優れた製品があればベストで、そんなものを誰もが手に入れたいと思っているはずだ。
そうした中で、3千円台という価格ながら、音質の良さが評判となっているヘッドホンがあるのをご存知だろうか。それが日立マクセルが2年前にリリースした「XL-S HP-CN40」である。このヘッドホンはお手軽な価格でありながら、高級機種さながらの抜群の音質と評判で、ネット上での使用者レビューにおいても高評価を得ている。
製造元の日立マクセルと言えば、昔ながらのオーディオファン、特にカセットテープが全盛だった時代を知っている年齢層(筆者含む)にとっては大変馴染みの深いメーカーであろう。ちなみに「XL-S HP-CN40」のモデル名の頭に冠せられている「XL-S」は、マクセルのカセットテープの上位モデルに付けられたグレードを受け継いだもので、現在40歳以上のテープユーザーなら目にしたことがあるのでは。かく言う筆者も非常に懐かしく思ったひとりで、と言うのもカセットテープはマクセル派だったからだ。ちなみに主に使っていたのはノーマルタイプの「UD」で、「XL-S」は高嶺の花だったため、使えなかったなと思い返してしまった。
そんな「XL-S HP-CN40」が今年、型番も新たに「XL-S HP-CN40A」となり、リニューアルした。と言っても先代機から変わったところは、パッケージとカラーバリエーションにネイビーが増えたことだけで、本体は一切変わっていない。これはすでにヘヴィ・ユーザーも存在する「XL-S HP-CN40」のファンにとっては朗報と言えるであろう。近年のヘッドホン市場は低価格化が進んだことにより、新製品が次々と投入されては、旧製品は消えていくというのが現状で、そうした中でロングセラーを続けている「XL-S HP-CN40」は貴重な存在と言えるであろう。今回はリニューアルした「XL-S HP-CN40A」を音質レビューを交えて、紹介したい。
マクセルのヘッドホンのラインナップだが、かつてはノイズ・キャンセラーやヴレソン(圧縮音源に音質補正を加えることで高音質化させるマクセル独自の技術)を搭載した上位モデルも存在したが、現在のカナル型(耳栓型)ヘッドホンにおけるフラッグシップ・モデルが「XL-S HP-CN40A」だという。
前述のとおり、カラーバリエーションがこれまでのブラックとホワイトに加え、ネイビーが追加された。新色のネイビーは深みのある濃紺で、非常にシックに仕上がっている。実勢価格は各色いずれも3,980円前後(税込)。
構造においての最大の特徴が、直径13mmの大口径ドライバユニットを搭載しているところだ。5千円クラス以上のモデルであれば、13mm以上のドライバが付いていても珍しくないのかもしれないが、3千円代でこのスペックを実現しているところが本機の人気を決定づけた大きなファクターであることは間違いない。ちなみにドライバユニットには高磁力ネオジウムマグネットを採用。これにより磁気の歪みを低減し豊かでよく伸びる高音質なサウンドを再生することが可能だという。
前述のマクセルの宣伝担当の方によれば、“開発側が自分たちの欲しい商品を作る。しかもできるだけ安く提供するというコンセプトのもとで作られたヘッドホンなんです。そこで我々が狙ったのは、ドライバが大きくて、低音がよく出るというところだった”と言う。本機の構造をより詳細に知りたいと思い、分解写真を求めたところ、残念ながらそういったものは存在しないそうで、話をさらに聞いたところ、“ドライバからの音をストレートに耳に届ける構造ゆえ部品点数が少なく、シンプルな作り”なのだそうだ。複雑な構造にすることで、無駄にパーツが多くなると、コストもかかるし、壊れやすくもなる。音質の面でオーディオ用スピーカーを例にすると、ネットワーク回路を組み込んで高音域用のツィーターや低音域用のバス・レフなどを配したものや、各音域ごとに専用スピーカーで鳴らす仕様のものは、どこかわざとらしく聴こえてしまうのは、筆者だけの偏見であろうか。理想はシンプルに、フル・レンジのスピーカー1発で鳴らすことのような気がする。これが本機では実践できているような気がしてならない。後述するが、本機の素直な出音の秘訣は、シンプルな構造にあるのではと思わせてくれる。
カナル型(耳栓型)ヘッドホンにおいて、耳の穴への装着感が重要な要素になってくるが、ここにおいては、音の出るポート部分を楕円形にした「オーバル型ポート」を採用することで優れたフィット感を実現。実は私は知らなかったのだが、人間の耳の穴は正円形ではなく、やや縦長になっていることが多いのだという。ゆえにポートを楕円形型にすることは理に適っているのである。実際に装着してみると、普段筆者が使っている丸型ポートのものより、耳穴へピッタリ入るなという印象で、ホールド性能も優れていると感じた。密閉性が高いことで外部からの音の侵入も極小で済み、再生している音楽に集中できるメリットをもたらしている。
付属しているイヤーピースは、L/M/S/SSという4種類のサイズが用意されている。耳の穴が特に小さい女性や子供にも合うようにSSサイズがあるのは親切だ。ちなみにこのイヤーピースは抗菌作用のある銀イオンを練り込んであるのだという。清潔感を高める抗菌加工が施されているイヤーピースは、マクセルの十八番技術のひとつである。
その他の基本スペックは、インピーダンスが16Ω、音圧感度が105dB/mW。再生周波数帯域:10〜25,000Hzとなっている。ケーブルは0.5mのY型で、からみ防止スライダーが備わっているところも有難い。ケーブルについては、ポータブルオーディオプレーヤーをジャケットやシャツの胸ポケットに入れている、あるいは筆者のようにクリップ式のプレーヤーを使っているのであれば、十分な長さである。なお、ケーブルが長ければ長いほど、音が劣化していくので、高音質を求めるのであれば短いに越したことはない。とは言え、特に女性ユーザーに多いのであろうが、ポータブルオーディオプレーヤーをバッグに入れている人や、自宅でPCやオーディオ機器に繋いで聴く際には、0.7mの延長ケーブルも付属しているので安心だ。ケーブルには直径3.5mmのステレオミニプラグ(金メッキ)が備わり、0.5mのY型にはストレート型、0.7mの延長ケーブルにはL型が搭載されている。
試聴には第5世代iPod(30GB)を使用。なお筆者が普段使用しているのは、国内メーカー製のカナル型ヘッドホンで、そのスペックは13.5mmドライバを搭載し、再生周波数帯域は5〜24,000Hzという内容。今回チェックする「XL-S HP-CN40A」と比較するつもりはないのだが、たびたび文中で引き合いに出してしまうことがあるかもしれないが、ご了承いただきたい。試聴では【ポップス】、【クラシック】、【ジャズ】、【ロック】という4つのジャンルに分け、いずれもMP3フォーマットで192kbpsの音源を用いた。ちなみに筆者はギター系の音楽誌で活動しているライターゆえに、得意ジャンルは当然ロックとなる。
【ポップス】
再生したのはプリンス(名義上はThe Artist Formerly Known As Princeだが……)の1999年作『Rave Un2 the Joy Fantastic』から同アルバム4曲目の「So Far, So Pleased」。ノー・ダウトの女性ボーカリスト、グウェン・ステファニーとのデュエット・ソングで、メロディーは軽快でプリンスらしいポップな仕上がりのもの、 サウンドが超ヘヴィという妙なバランスのナンバーだ。ギター・リフもさることながら、ベースとベードラ(キック・ドラム)の音がやたらと重低音を響かせているのだが、そうした中で「XL-S HP-CN40A」の鳴りは迫力満点でいて、しかも過度にブーミーにならないところが優秀だ。私が普段愛用しているヘッドホンがいわゆるドンシャリ系で、低域がブリブリ鳴ってしまうと同時に、高域もキンキンとうるさい。この傾向だと、地下鉄の中など外部音がうるさい環境の中では音が捉えやすいのだが、静かな環境で聴くと疲れてしまう(歳のせいかな)。本機は低域と高域がしっかり出ているものの、程よく抑えられているため、これらが他のパートの音(特にボーカル)を侵食することなく、クリアな音像で全パートが聴ける。
【クラシック】
リファレンスは、ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調 作品92の第一楽章で、指揮はヘルベルト・フォン・カラヤン、演奏はベルリン・フィルハーモニー・オーケストラだ。言わずと知れた、実写映画にもなった有名アニメで使われているナンバー。躍動感あふれる第1主題の旋律のところでは、さながらコンサート・ホールにいるような臨場感が味わえる。各楽器の音色だけでなく、耳を凝らして聴けば、定位も感じ取れるところも素晴らしい。また音の強弱において、特にピアニッシモで弾かれるバイオリンやフルートの繊細なタッチや息遣いが確実に聴き取れる描写力を持っている。
【ジャズ】
1973年にリリースされたジョー・パスの『ヴァーチュオーゾ』は、ギター1本だけで録られたジャズ・ギター・アルバム屈指の名作。そんな同作の中から「Stella by Starlight」を選曲した。本作でジョー・パスはエレクトリック仕様のフルアコを使っており、アンプに繋いだ音を出力すると共に、ギター側にマイクを立てて、生音も同時に録音している。これによって低音弦側はエレクトリック特有のまろやかなサウンドになり、高音弦側はアコースティック・ギターのような透き通るような美しい調べを奏でているのが特徴となっているのだが、鼻が詰まったような倍音たっぷりの中低音域、透明感あふれる高音域ともに「XL-S HP-CN40A」は見事に描写できている。ギターは所詮は音域レンジが狭い楽器で、およそ80〜6kHzしか出ておらず、250〜500Hzが中心なのだが、ギターに一番おいしい中低域の再生能力において、「XL-S HP-CN40A」は非常に相性がいいと感じた。
【ロック】
最後に得意のロックは最もベタな選曲になってしまったが、ザ・ビートルズ『イエロー・サブマリン』より「ヘイ・ブルドッグ」(MP3:192kbps)。2009ステレオ・リマスター盤を再生したとはいえ、今回選んだ中で最もロー・ファイであることは間違いない。ただオッサンのロック・マニアとしては、ここで良い音で鳴ってくれないとツライところ。ギター、ベース、ドラムス、ピアノという各楽器は、古い音源だけに定位が右チャンネルと左チャンネルにはっきり分かれていて、楽器ごとの音の特徴は捉えやすい。中でも特筆すべきが、ポール・マッカートニーのベース音であろう。ベースからして中低域寄りで、一見曇っているのだが抜けが良く、心地よくボンボンと響いてくる。これに加えて、ファズの利かせたジョン・レノンとジョージ・ハリソンの荒々しいギター・サウンドもやはり中域に集中。そこの再生能力に優れている「XL-S HP-CN40A」だけに、聴いていて気分が盛り上がる。低域も高域もしっかり出ているのだが、中域がしっかり出ており、それが屋台骨となっているという感じ。これならロック系を聴くのもバッチリだと感じた。
今回試聴してみて、「XL-S HP-CN40A」の高音質さを実感し、本機がロングセラーを続けている理由が改めてわかったような気がする。基本構造の部分はシンプルだが、音作りにおいてもベーシックさが貫かれており、特定の周波数帯が突出することがないところが、多くの人から支持を受けている最大の理由なのであろう。これならジャンルを問わず、いろんなソースで、良い音が体感できる。個人的には筆者のような古い音源を好むリスナーには打ってつけのバランスで音作りがなされているという印象を持ったので、大人のロック・ファンにはオススメだ。
さらにコスト・パフォーマンスの面でも、3千円代というところも大きなセールス・ポイントであろう。今回の試聴を通じて、長年音楽産業に携わっていた日立マクセルの底力を見たような気がする。
(text by ashtei)