南京はすっかり現代的な都市となり、無数の「舶来品」が街路をにぎわせている
そしてやってきたのが中華人民共和国、江蘇省・南京市。首都北京から南へ約1,000キロ、上海から北西西へ約250キロ。古代から数多くの王朝が玉座を置いてきた古都である。
現在人口約700万人の南京市は、中国を代表する歴史的な都市でありながら、世界経済を支える一大産業都市でもある。1990年代後半より始まった改革・開放の機運のもと、工業分野における急速な発展を遂げ、世界中の企業の生産拠点がここに集まっているのだ。
発展の中枢となったのは南京郊外に設けられた4つの「国家開発特区」と5つの「省級開発特区」。中国政府および南京市の産業振興政策のもと、ハイテク産業を中心に無数の大企業が誘致されてきた。どこまでも続くかのような広大な土地には、無数の巨大施設が立ち並んでいる。
今回我々が取材したLGエレクトロニクスの南京工場も、その中のひとつだ。1997年の設立以来急ピッチの成長を続け、今ではLGエレクトロニクスの液晶モニター部門の中心的役割を担うまでに事業が拡大している。日本で発売されている数多くの液晶モニター製品も、ここ南京の工場で作られているのだ。
そういったハイテク産業の中心地となった南京市に、「城壁に囲まれた古都」という面影は既にない。郊外には高層マンションが立ち並び、市街中心部には日本の秋葉原のような電気店街もある。かつて街の「内側」と「外側」を隔てた城壁は町並みの中に溶け、今では部分的にその面影を見つけることができるのみだ。
「南京LG新港顕示有限公司」。その敷地は東京ドーム20個分以上という巨大さ!
我々の目的地であるLGエレクトロニクスの南京工場は、南京市中心部から十数キロほど北東へ向かった「華東地区」にある。日本を含む世界各国の大企業が生産拠点を連ねる開発特区の一角には「LG路」と呼ばれる道路が敷かれており、東京ドーム20個分ほどのブロックがまるごと、LGエレクトロニクスの敷地になっているのだ。
また、ここはただの工場ではない。1997年に中韓のジョイントベンチャー企業「LG Electronics Nanjing Display(LGEND: 南京LG新港顕示有限公司)」として設立されて以降、液晶モニターの製造をベースに事業能力の拡大を続け、2005年には研究開発部門もスタートしている。今では研究開発からブランディング、そして製品の生産、出荷までトータルにこなすことのできる、独立性の高い複合施設となっているのである。
「LG路」。施設に面した長大な道路にはLGの名が冠せられている
その規模も大きい。LGエレクトロニクスが欧州や米大陸に持つ海外の生産拠点は、部品のほとんどをこの南京工場に依存している上、この南京工場だけで、全世界に送り出されるLGエレクトロニクスの液晶モニター製品の約半数を生産することができるのだ。その最大生産能力は、なんと月産85万台だという。日本の液晶モニターの年間需要が、ものの数カ月でまかなえてしまう数である。
現在、研究開発部門では145名のスタッフが先端研究や新製品の実用開発に従事しており、そこでデザインされた製品が、液晶モニターのための8つの生産ラインで製造されている。生産された液晶モニターは、敷地内にある「LG電子華東物流中心(物流センター)」の巨大倉庫に集められ、世界各地に出荷されていくのだ。
程近くに1万トン級のタンカーも航行可能な大河・長江があり、南に下れば国際都市・上海が控えるという、物流の面でも地の利に優れた南京。ここで働く人々のうち、韓国からの派遣スタッフは少数派。現場を支えるエンジニア、生産ラインのスタッフなどはほとんど、現地南京市近郊の人々である。歴史ある都市の人々が、世界に向けて最先端のモニターを製造している、そのコントラストが面白い。
施設の2階部分にある、研究開発部門。ここでは145名のエンジニアが先端研究や新製品の開発を行なっている
ゲーミングモニター「W2363V-WF」をテーマに話を進めていこう。2005年に設立されて以来いくつもの液晶モニター製品を開発してきたLGENDの研究開発部門では、「W2363V-WF」の開発も担当した。だが、従来の製品とは本質的に異なる点がある。それは、製品の基本仕様の要求事項が、日本で策定されたということだ。
筆者自身、現地の取材で始めて知ったことなのだが、「W2363V-WF」は当初より、日本市場開拓のための戦略的製品としてデザインされたモニターだったのだ。
LGエレクトロニクスは日本市場における一般市場向けマーケット(B to Cマーケット)でのシェアNo1を獲得するために、最も効果的かつ大胆な作戦に出た。海外企業が一定のシェアを獲得するためには、競争相手がひしめく中でクオリティの高い製品を安価に提供するだけでなく、独自の製品展開が必要となるからだ。
そこで目をつけたのが、「ゲーミング」という、世界的にもまだまだ未開拓な分野だったのである。ゲーム王国として名高い日本をターゲットに市場調査を開始したLGエレクトロニクスは、現地法人スタッフが主役となってゲーミングモニターに必要な仕様を策定。そうしてゲーマー待望のスルーモードを持つ「W2363V-WF」の基本スペックが日本サイドで決定されたというわけだ。
その仕様はLGENDの研究開発部門に伝えられ、12名のエンジニアにより製品設計が行なわれた。エンジニアマネージャーのKim Myungwook氏は「W2363V-WF」の開発を振り返り、「企画がしっかりしていたので、開発はスムーズに進みました。スイッチ部分に新たな工法を取り入れるなど新しいチャレンジも行ないましたが、スルーモードの実装を含め、技術的に難しいことはありませんでした」と、日本側の提案した仕様を元に開発が順調に進んだことを明かしてくれた。
「W2363V-WF」の生産ライン。多数の作業スタッフが生産に携わる
「W2363V-WF」の生産速度は、なんと1台あたり10.5秒。圧倒的な生産体制
製品の生産が行なわれる作業場は、研究開発部門が置かれているフロアのすぐ階下にある。「W2363V-WF」の生産もそこで行なわれており、現時点で8ラインあるラインのうち、2ラインが割り当てられている。
研究開発部門と生産ラインの現場が、直線距離で数メートルという近さにあることは、この施設の強みだ。何しろ、現場で何らかの問題が起きれば即座に開発スタッフの知るところとなるし、生産工程を指導する管理スタッフとのやり取りも簡単だ。開発と生産の緊密な連携により、極めて高効率のモニター生産が可能になる。
その生産ペースは、一般的な液晶モニターで5秒に1台が完成するという驚異的なスピード。液晶パネルや諸々の部品類は近傍にある別のLG関連工場などで作られており、この生産ラインでは最終的な組み立てと動作チェックのみが行なわれるのだが、それでも驚くべき高効率性だ。
その中でも「W2363V-WF」は特別な製品である。他製品に比べ機能が複雑で製造工程が込み入り、日本向けの製品であるがゆえ高品質が求められ、チェック工程も複雑、という、製造効率的に2重のハンデを背負っているのだ。それでも現実には、この製造ラインでは10秒に1台というハイペースで製品が生み出され続けているのである。
筆者の場合、液晶モニターの製造現場を実際に目撃するのは初めての体験だ。その上でLGエレクトロニクスのスタッフから「全モデル合わせて最大月産85万台」という驚異的な数字を聞き、どのような巨大な製造ラインかと様々な想像を巡らせていた。しかし実際目にしたものは、それほど大規模ではないにも関わらず、いやむしろ規模を抑えているがゆえに、限界まで高効率化された製造ラインだった。
なるほど、これなら「W2363V-WF」を日本に3万円以下という価格で展開できる。LGエレクトロニクスが全世界に液晶モニターを展開し、大きなシェアを各国で獲得している理由の一端は、このように効率化された製造ラインが優れたコスト構造を成立させていることなのである。そのような現場を目撃することは、まさに驚きの連続だ。
品質管理工程の最終段階では、各機能の細かなチェックが行なわれる
「W2363V-WF」の生産に割り当てられている2ラインのうち最初のラインでは、ベルトコンベアで流れていく作業台を前に、十数人の作業スタッフが分担してモニターの組み立てを行なっている。2つ目のラインは動作チェック専用に設けられており、5つある入力端子の表示、タッチパネルによるOSD操作のチェック、オーディオ機能の確認など、いくつもの品質管理工程が処理されている。
こういった現場で働く作業スタッフは、ほとんどが20代の若者達だ。古い日本と中国の確執を知らず、ゲームやアニメ、マンガを知る新しい世代の中国人達である。ラインが動き出すと彼らは黙々と担当作業を続け、10秒に1台というペースで「W2363V-WF」の組み立てから箱詰めまでを完了させていく。こうして産業の下支えをする彼らは同時に、作業を終えて家に帰ればPCでオンラインゲームを楽しむような、消費を支える存在でもあるのだろう。
製造および出荷の管理を行なっている生産管理グループ長のHong Sion氏は、「W2363V-WF」の品質管理工程の重厚さについてこう語っている。「日本向けの製品には特に高いクオリティが求められますので、非常に高水準の品質管理体制を敷いています。そのため生産ラインは複雑なものとなり、1製品のために2ラインを割り当てているのです」。
我々が取材を行なったこの日、800台の日本向け「W2363V-WF」が生産され、すぐ近くにあるLGエレクトロニクスの物流センターに運ばれていった。物流センター内にうず高く積み上げられたモニターは、各機種合わせて数万台。センター内の在庫全てが数日で一巡するというペースで出荷され、長江を渡って上海で船積みされ、世界中に届けられていくのだ。我々が見た「W2363V-WF」も、読者の皆さんがこの記事を読むころには、日本国内の店頭に並んでいることだろう。
現在では世界中に液晶モニター製品を出荷している南京LG新港顕示有限公司。製品開発から生産・出荷まで、トータルに新製品を展開することのできる現地法人としての強みは計り知れない。その中でも特に、「W2363V-WF」の基本スペックを策定した日本法人との連携は、様々な面で多国籍企業LGエレクトロニクスの新しい姿を現している。
それは、韓国から比較的アクセスの良い位置にあり、加えて日本法人とも連携することで、開発・生産を一枚岩的にスムーズに進めることができる体制から生まれる、これまでにない製品展開能力だ。日本の市場ニーズに合わせて多少の小回りを利かせることもできるだろうし、それだけ効率的に製品を送り出せるということである。
LGエレクトロニクス全体としては、各国の市場状況に合わせた製品デザインとブランディングを積極的に進めることで、いまだ十分なプレゼンスを示せていない地域でも強力なブランドとして立ち上がることを目指しているようである。その中でも日本市場に対しては、生産管理グループ長のHong Sion氏が「非常に将来性がある」と評しており、強い期待を抱いているようだ。
「W2363V-WF」は、その「将来」を占う戦略製品として、現地の上級スタッフからも熱い注目を浴びていた。将来的には日本だけでなく、世界市場への展開も検討しているとのことである。その製品スペックを策定したLGエレクトロニクスの日本法人が担う役割は今後、益々重要なものとなっていくはずで、「ゲーミング」を合言葉に、よりゲーマーのための興味深いモニター製品が展開していくことも期待できる。
そのような将来像が描かれるためには「W2363V-WF」の成功が不可欠だが、原稿執筆時点の状況としては、9月の出荷開始以来、通販でも店頭でも売り切れ御免の品薄が続いているという好調な滑り出しを見せている。LGエレクトロニクスが切り開く、あらたな液晶モニターの世界を楽しみにしたい。
[Reported by 佐藤カフジ]
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