「S-LED」の開発で目指したのは、液晶画質のブレイクスルーです。当社は液晶テレビのほかにプラズマテレビも手がけていますので、液晶もプラズマともに高画質化を図りたいと考えています。しかし、プラズマとの対比で痛感したのは液晶の限界です。階調表現で、液晶ではどうしても踏み込めない領域があったのです。それは黒の表現力の限界、特に暗い視聴環境での黒再現には大きな課題を感じていました。
従来のCCFL(蛍光管)バックライト液晶では、バックライトは常に点灯していて、その光を液晶シャッターで隠すことで黒を表現していた。この仕組みでは光漏れが防げず、暗い部屋では黒浮きが目立つことになる。また、黒浮きを避けるためにバックライトを暗くすると白が沈んでしまう、というジレンマがあった。
最近の液晶テレビはコントラスト比の向上をアピールしていますが、「S-LED」はそれらとどう違うのでしょうか?
確かに最近の液晶は数値上のコントラスト比は上がっていて、単に黒を出すならば、バックライトを絞って階調を黒方向に潰してしまえば、それなりに見栄えのする映像にはなるでしょう。しかし、深い漆黒と輝く白を両立させた、微妙で豊かな階調表現の実現には無理があります。そこで、パネルだけではなく新発想の発光コントロールが必要、と思っていました。そこに「S-LED」の構想が浮かび上がり、「これなら行ける! ブレイクスルーできそうだ!」と感じました。そして、生産・ものづくりの体制も「S-LED」製品化のために変革の流れへと動き出したのです。
お話をお聞きしていると画質向上への強い意志が感じられますが、今までの液晶パネルとは作り方も違うのでしょうか?
以前の当社は、垂直統合として液晶パネルを自社で生産しておりましたが、数年前より、水平分業に転換しました。しかし、「S-LED」は独自のバックライトを搭載していますので、従来の水平分業では作れないのです。このため、当社の岐阜工場で、外注した液晶部分に当社のバックライトを合体させて製造します。
というように、再び内製化にまで踏み込んでパネルの生産が行われているのである。これには多くの手間とコストがかかると推測される。そこまでして実現したい製品の価値とはいったい何なのだろう?
パネルの内製化にまで踏み込んで「S-LED」を作る目的とは?
テレビの付加価値の向上です。2011年のデジタル放送完全移行以後は、テレビへのニーズが変わり、より高付加価値な製品が求められるようになると考えています。アナログ停波というタイムリミットの後は、薄型テレビは買い替えの時代に入り、「本当に気に入った高画質なテレビに買い替えたい」というお客様が多くなるでしょう。こうしたニーズに応える高付加価値なテレビが「S-LED」なのです。
欧米では海外メーカー製のLEDテレビが、省エネと薄型を売りに急速に普及しつつありますが、これらに対抗する、という意味も込められているのでしょうか?
LEDテレビの主流はエッジ型のLEDバックライトを採用しています。大型の導光板を使うエッジ型は、従来のCCFLバックライトの置き換えに過ぎません。このため、省エネと薄型化はできても、エリアコントロールによる高画質化は難しいのです。細かいエリアコントロールが可能な「S-LED」ならば、従来のエッジ型以上の高画質も実現できます。高画質を実現することでリードできる、オンリーワンの技術で新しい展開が見えてくる、その切り札が「S-LED」なのです。
「S-LED」は、極めて戦略的な液晶パネルであることがわかった。日本の新しいものづくりを探る試みとしても野心的な製品と言えるだろう。
次に、「S-LED」の研究開発の経緯をお聞かせください。開発はいつ頃から始められたのですか?
「S-LED」の基礎となる導光板の研究は、携帯電話やカーナビ用などに10年以上前から行っていて、「S-LED」の開発は2年半ほど前にスタートさせました。しかし、発足当時は「S-LED」がものになるという保証はまったくありませんでした。当時のプロジェクトのメンバーは数名で、有志が細々と研究を続けていた、というのが実情でした。
確かに当時はプラズマを前面に出していましたね。そうした状況の中でも研究を続けたのは?
「液晶の画質を進化させたい、そのためにはエリアコントロールができる『S-LED』しかない」という強い思いがあったからです。この点でメンバー全員の意志と結束は堅かったと思います。その後、LEDバックライトが普及し、省エネという時代の要請も加わって、「S-LED」は現実的なプロジェクトとして大きく動き出しました。諦めなくて良かった、良い仲間に恵まれたと感じています。
「S-LED」の“エッジ型バックライトをブロック状に構成する”という独自のアイデアは、どのようにして生まれたのでしょう。
とりあえずエッジ型バックライトで薄型のパネルは実現できるのですが、次の目標である高画質化にはエリアコントロールが不可欠になります。しかし、エッジ型ではエリアコントロールがしにくい。という壁にぶつかりました。この壁を越えるにはどうすればいいか? 会社だけでなく、自宅に帰っても考え続ける日々が続きました。風呂に入っている時もずっと考えていて、風呂の壁のタイルを見て閃いたのです。「小さなエッジ型バックライトをタイルのようにブロック状に並べればいいんだ!」と。
なるほど(笑)アイデアの素は意外と身近なところにあるものですね。
「光を支配した」というのが「S-LED」のキャッチフレーズですが、光をコントロールするためにどのようなノウハウが用いられているのでしょうか?
ブロックごとに光を制限できるのが「S-LED」のメリットですが、光を制限しすぎると導光板の境目が筋状に目立ってしまいます。光のムラを消すために、光をある程度拡散させる必要がありました。このために導光板に独自の「フラグパターン」(チェッカーフラグ状の模様)を成形しています。パターンは平面ではなく微細な立体成形で、LEDの横からの光を前面に反射し、拡散する仕組みです。つまり個々のフラグパターンが光源のような役割をします。このパターンの仕様を決めるために苦心しました。実際には、光を平均化するために、パターンの大きさや密度も変えています。また、導光板の表面には光を拡散する光学シートも貼られていますので、トータルで均一な発光になるように工夫を凝らしています。
発光ムラをなくすために光を適度に拡散させることも必要なのですね。
そうです。光を“ある程度”拡散させる、と申しましたが、光をどこまで拡散させるか、どこで止めるかもノウハウになります。そこで、光の拡散をブロックに隣接する周囲のブロックに制限することで、光のムラがなく、かつ高いコントラストを実現しています。
「S-LED」は構造的に複雑なので、量産ラインに乗せるのも難しかったのではないでしょうか?
昨年の春にSーLEDの試作機を見てその画質に感動しましたが、パネルの内部を見たとたん「こんなに複雑なパネルをどうやって量産すればいいんだ!?」と頭を抱えてしまいました。「S-LED」はそれほど新しく、そして複雑だったのです。
確かにタイル貼りの職人でも使わないと、数多くのバックライトを平坦に貼り付けることは難しそうですね。
そのとおりです。個々のブロックを並べるとバラツキが出てしまいます。簡単かつ平坦に組み立てられるために、いくつかのブロックと回路が連なった横長のバックライトを作り、これをまとめて装着することで作りやすくしています。
「S-LED」パネルは、個々のLEDの特性の管理も難しそうですね。
LEDは高輝度な新型を採用しましたが、実際のパーツとして見ると一個一個のLEDの色や明るさには特性のバラツキがあり、製造過程でこれを調整して均一にする必要があります。個々のLEDの特性を電気的に調整するという手法もありますが、LEDの個数が多いので、実際の組み立て工程では現実的な方法とは言えません。そこで数個のLEDの光を物理的にミックスして、結果として平均化できるような構造を考案しました。
複雑で微細な構造をいかに簡単に作るか? そこにはアナログ的な製造ノウハウが必要になるのです。その点では、LEDの実装にも苦心しました。LEDが傾くと特性が変わってしまいますので、精度の高い取り付けが必要になります。また、LEDの乗っている基板に導光板を貼り付けるのですが、ここでもミクロン単位の高い精度が要求されます。この位置決めを、特殊な機械を使わずにシンプルに実現するノウハウを考案しました。生産工程をシンプルにできたため、通常の液晶パネルとほぼ同じ歩止まり率を目指しています。
「S-LED」テレビの絵作りはどのようにして行われたのでしょうか? また、絵作りで苦心した部分とは?
画質回路の部隊とエリアコントロールの部隊が連携して絵作りを行いました。回路としては輝度信号を各ブロックに分けるエリアコントロール回路などを新規に開発しました。絵作りでは、先ほど申しましたように、光の拡散を適度に抑えるための映像回路のアルゴリズムに苦心しました。
先ほど“光を適度に拡散させる”というお話をお聞きしましたが、映像回路でも適度が大事なのですね。
そうです。映像処理でエリアコントロールを強くかけすぎると、デフォルメされて不自然な映像になってしまう危険があります。そうした破綻を避けるために、シーンに最適なエリアコントロールが自動で行えるように配慮しました。また、エリアコントロールを切・弱・強で選べるマニュアル調整も可能にしてあります。
液晶パネルの性質として、映像が黒に近づくほど、ガンマカーブ(入力信号に対する出力信号の特性)がリニア(直線グラフ的)ではなくなる、という特性があります。今までの液晶では、絵作りでそこまで配慮する必要はなかったのですが、「S-LED」は漆黒が表現できますので、黒付近のガンマカーブにまでメスを入れて、リニアな特性が出るように映像エンジンを調整しています。
「S-LED」では、画質と省エネとのバランスはどのように設定されているのですか?
「S-LED」では、黒いエリアはバックライトを完全に消灯させ、LEDの消費電力をほぼゼロにできますので、これを省エネに活かさない手はないと考えました。画質と省エネとのバランスは、明るさの最大値は省エネに振って、従来の液晶テレビと同等の最大輝度で、より低い消費電力を実現しています。液晶の画面はもともと明るいので、明るい部屋で見た時のコントラスト感は従来の液晶テレビと同等で十分と考えています。逆に暗い部屋で見る場合は、「S-LED」の階調性の高さを活かして高画質を第一に設計しました。
動画解像度の高さも「S-LED」の大きな特徴ですね。バックライトスキャニングを採用した理由とは? 今までの黒挿入とどこが違うのでしょうか?
液晶の動画はぼやけて当然という常識を覆したい、という思いも強くありました。残像を低減させる手法として、4倍速という発想もありましたが、別のアプローチ、つまりバックライトスキャニングでも、「S-LED」のエリアコントロールを活かせば、より黒い帯の挿入が可能になります。この“より黒い”というのがポイントで、くっきりとした黒帯を作ることで、今まで以上に効果的な残像感の低減が図れます。
お話をお聞きしていると、高度なデジタル技術とともに、意外にアナログな部分が多く感じられました。日本的なモノ作りの技が凝らされているという印象ですね。
当社は光学プロジェクターや光学ドライブの光ピックアップなどを手がけていて、光のコントロールについて多くのノウハウを持っています。これらは微細な制御や実装技術など、アナログ的な部分が多く、匠の技と言って良い部分をもっています。今回の「S-LED」にもそうした“光の技”が駆使されているのです。工芸品のように、年間を通じて精密で安定した製品が作れる、こうした日本的なモノ作りの技は、そう簡単にはできません。その意味で世界でも独自性を発揮できるオンリーワンのテレビと考えております。
「S-LED」の複雑な構造を簡単に量産するノウハウもオンリーワンの技と自負しております。
「S-LED」は日本的なモノ作りの強みを活かしたパネルなのですね。では最後に、「S-LED」を開発できたご感想と、今後の展開についてお聞かせください。
当初夢見ていたブレイクスルーを実現でき、液晶の中に新しい道を作り、液晶の可能性を新しい次元に引き上げられた。道は長かったですが「すごい所までこられた、努力して良かった!」というのが今の率直な気持ちです。「S-LED」の将来性も確保してあります。「S-LED」には、大画面に対応しやすい、というメリットもあり、これを活かして今後は中型以上のテレビに「S-LED」の導入を検討しています。これからも「S-LED」の可能性をさらに活かしたいと考えております。
インタビューを通じて、「画期的な画質の液晶を作りたい」という開発陣の強い思いが実感できた。数名から始まった研究が、オンリーワンのテレビとして実った背景には、同社らしい日本的なモノ作りの情熱が感じられる。そのようにして生み出された「S-LED」テレビは、Made in Japanの将来を賭けた野心作といえるだろう。筆者も開発陣と同じく、液晶の画質がここまで進化したことを嬉しく思う。また今後の展開にも期待したい。
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