地球温暖化が叫ばれる中、クルマに限らず省エネは時代の流れ。特に直接CO2を排出するクルマにおいては、燃費の向上は避けては通れない課題だ。クルマ好きにとってはちょっと耳の痛い話でもあるが、燃費の向上は決してガソリン代の安くない昨今、オーナーにとっても低燃費は悪い話ではない。事実、ハイブリッドカーやEVなど、クルマの環境性能の進化は日々めまぐるしいものがあるが、今あるクルマのままで燃費性能を向上する方法もいくつかある。その中の一つが低燃費タイヤへの交換だ。

 今年の1月にはJATMA(日本自動車タイヤ協会)が、タイヤの低燃費度の業界自主基準となるラベリング制度(低燃費タイヤ等普及促進に関する表示ガイドライン)の運用を開始しており、タイヤメーカー各社からは、このラベリング制度で「低燃費タイヤ」に適合するタイヤが多くラインアップされている。ただし、タイヤと言えばクルマと路面を繋ぐ重要なアイテム、低燃費なだけでは安心できない。果たして低燃費タイヤの実力はどれほどなのだろうか。

低燃費タイヤのラベリング表示。上段の大文字のアルファベットが低燃費性能を、下段の小文字のアルファベットがウェットグリップ性能を表す

低燃費タイヤのラベリング制度

 低燃費タイヤをわかりやすく評価するラベリング制度。これは乗用車用サマータイヤを対象に、転がり抵抗性能をAAA〜Cの5段階で、ウェットグリップ性能をa〜dの4段階で評価するというもの。このうち、転がり抵抗性能がA評価以上のものが低燃費タイヤとして認定され、低燃費タイヤマークを表示することができる。試験は各メーカーともに統一された基準で測定されており、ラベルにはそのタイヤの評価結果が表示される。そのため、利用者はラベルを見ることで、メーカーの枠を越えて横並びでタイヤの性能を比較することができる。

 タイヤで燃費をよくするには、転がり抵抗を減らせばよいというのは何となくイメージできるだろう。ではどのようにすればタイヤの転がり抵抗を減らせるのか? 単純に転がり抵抗を減らすだけなら、簡単な方法として、空気圧を上げるという方法がある。空気圧を上げればタイヤが固くなってゆがまなくなり、接地面積も減るから、転がり抵抗を減らすことができる。つまり、タイヤの転がり抵抗を減らしたければ、無駄なゆがみが出ないような固い設計にすればよい。

 ただし、それでは乗り心地や静粛性がスポイルされるし、なによりもグリップ力が落ちてしまう。低燃費タイヤのラベリングを見るとわかるが、低燃費タイヤとして認められるには、転がり抵抗を低くするだけでなく、ウェットグリップ性能を確保することも求められているのだ。では、この相反する低燃費性能とグリップをどのように両立しているのか? ダンロップで低燃費タイヤ基準に適合している「ENASAVE(エナセーブ)」シリーズの開発者にお話を伺うことにした。

住友ゴム工業 タイヤ技術本部 第一技術部 向井友幸氏

 お話を伺ったのは住友ゴム工業 タイヤ技術本部 第一技術部 向井友幸氏だ。向井氏によれば、タイヤで燃費を良くするには、やはり転がり抵抗をいかに減らすかがポイントだと言う。そのために、ダンロップではゴムの開発に力を入れていると言う。

 具体的には、ゴムを発熱させないことがポイントとのこと。タイヤが発熱するということは、摩擦エネルギーが熱に変換されているわけで、発熱の少ないタイヤは燃費が良いタイヤとなるわけだ。

 発熱の少ないタイヤを実現するためには二つの方法がある。乗用車用タイヤは一般的に天然ゴムと合成ゴムをミックスして使っているが、一つはこの天然ゴムの割合を増やす方法。天然ゴムは合成ゴムに比べると、発熱しにくいのだ。実際トラック用タイヤなどには天然ゴムが多く使われているとのこと。そしてもう一つが、発熱のしにくい合成ゴムを使う方法だ。

 同社のエナセーブシリーズには、「ENASAVE 97」「ENASAVE EC202」「ENASAVE RV503」があるが、このうちENASAVE 97は、低燃費性能はもちろん、製造原材料から環境負荷を減らすため、石油外資源を多用することを課題として作られたタイヤ。鉱物油や合成ゴムの使用量を減らし、97%が石油外天然資源によって作られている。結果的に天然ゴムの割合が増え、転がり抵抗の低減も実現している。

 残るEC202とRV503は、石油外資源の割合は従来のタイヤと同様ながら、トレッド表面に「コロエネゴム」と呼ばれる発熱の少ない合成ゴムを使用。これにより低燃費性能を実現している。

 ここからは、エナセーブシリーズの中でももっとも新しいEC202を例にとって説明していこう。EC202は、ミニバン向けのRV503と同様の技術を用いて作られたセダン・コンパクトカー向けタイヤだ。

 EC202で低燃費に貢献する技術がEC202用コロエネゴムだ。一般的にタイヤのゴムは、合成ゴムと天然ゴム、そして補強剤によって成り立っている。しかし合成ゴムや天然ゴムと補強剤との結合部分が少なく、分子レベルで無駄な動きが大きく、それが発熱の原因となっていた。

 そこでEC202用コロエネゴムでは合成ゴムに「マルチ変性SBR」というゴムを新採用。マルチ変性SBRはその末端や主鎖の一部で直接補強剤と結合することができ、これによって無駄な動きが減り、発熱を抑えることができる。こう聞くとゴム自体が硬くなるようにも思えるが、ゴムの硬度が上がるのとは話が異なるとのこと。

ゴムの分子結合のイメージ。左が一般的な合成ゴムを使った先代モデル「EC201」のイメージに対し、右はマルチ変性SBRを採用。補強剤と直接結合することにより無駄な動きが減り、発熱(ムービーでは赤い色で表現)が抑えられている
通常の使用では表面に露出することがないベース部に天然ゴムを採用している

 発熱を抑えるもう一つの技術が、ベース部分に天然ゴムを使用したこと。右のイラストのとおり、直接地面と接地するトレッド表面のキャップ部にはコロエネゴムを用い、その土台となるベース部には発熱の少ない天然ゴムを使用している。

 こうした技術により走行時のタイヤの発熱を抑えることができる。その試験結果が下の動画だ。これはドラム試験機で80km/hで4分間走行した時のタイヤ表面の温度をサーモグラフで撮影したもの。左が先代モデルのEC201だが、比較すると赤やピンク色の面積が右のEC202のほうが圧倒的に少ないのが見て取れる。

ドラム試験機上で走行させたタイヤの温度をサーもカメラで撮影したもの。左は比較となる先代モデルのEC201だ

 ドラム試験機による測定ではEC201と比べ、転がり抵抗で約20%低減。実車に装着しての燃費測定ではJC08モード燃費でEC201比で3.6%の向上をしたと言う。

 では軽量化やケース剛性の向上は行っていないのか? 最初に述べたとおり、タイヤの空気圧を上げたように、ケース剛性を上げれば、タイヤの転がり抵抗を減らすことができる。また、最近軽量ホイールが注目されているのと同じ理由で、タイヤも軽量化できれば、それだけ燃費には貢献する。

 向井氏によればEC202の前身であるEC201と比べ、乗り心地や操縦安定性においてスペックダウンしてはならないという課題があったと言う。そのため、大幅なケース剛性の向上や、軽量化はしていないと言う。

 ここまでEC202が転がり抵抗低減のため、いかに発熱を抑えるかを聞いてきたが、発熱を抑えるということは、ウェット性能に背反すると言う。F1の解説などを聞いていればわかると思うが、タイヤはある程度発熱しないとグリップ力が発生しない。それゆえレースでは路面温度がタイヤ選択の大きな要因になるし、タイヤウォーマーなどを使って使う直前までタイヤを暖めておくわけだ。

 当然ウェット路面ではタイヤの温度はますます上がりにくくなる。すると、本来グリップしてほしいところでグリップしなくなる恐れがあるわけだ。そこでコロエネゴムでは、従来の天然ゴムの代わりに「改質天然ゴムENR」を採用している。

 詳しくは下のイメージ画を見比べて欲しいが、一般的な天然ゴムはゴム分子が1本のひも状に繋がっただけのものなのに対し、合成ゴムはゴム分子の鎖にベンゼン環が枝葉のように広がった形となっている。この枝葉の部分が、タイヤが路面に接地し歪んだ際に振動し、発熱しやくなっている。そこで改質天然ゴムENRでは、通常の天然ゴムに対してエポキシ基を枝葉の様につけている。これがベンゼン環と同じ役割を担い、効率的に発熱を促す。

 
 

 これにより、通常走行時は先に説明したマルチ変性SBRにより無駄な振動を省き発熱を抑えながら、ブレーキやコーナリングなどにより、タイヤに負荷がかかると瞬発的に発熱し、ウェット路面でも高いグリップを確保することができる。実際のテスト結果が以下。先代のEC201と比べ、燃費性能を向上しながらも制動距離でもより高い結果を記録している。なお、この改質天然ゴムは、天然ゴムの割合を増やしているエナセーブ97でも採用されている。

ゴム分子の発熱の状態。負荷の少ない通常走行時は発熱せず、ブレーキなどで負荷がかかった場合には、改質天然ゴムのエポキシ基が振動することで、素早く発熱しているのがわかる
旧モデルEC201との制動距離比較。ドライ路面では1%程度と若干の向上にとどまるが、ウェットでは通常発熱が少ないコロエネゴムを使いながらも結果が向上している

 ここまでEC202に使われている低燃費とウェットグリップを両立するゴムの技術について伺ってきたが、EC202ではそれ以外にもタイヤとしての性能を上げるために様々な技術が織り込まれている。そのもっとも目に付くところがタイヤのトレッドパターンだ。

 トレッドパターンにも、発熱を抑える工夫やウェットグリップ性能を向上する技術が盛り込まれている。まず発熱を抑える工夫としては、ショルダー部分のブロックが、細いサイプ(切れ込み)でブロックが分割されている。これはブロック一つ一つのサイズを小さくすることで、接地したときのゆがみを逃がし、発熱を抑える狙いがある。ただしサイプをたくさん入れすぎればブロック自体の剛性が落ちるため、サイプをどの程度入れるかがポイントだと言う。

 
サイドのブロックはサイプによってブロックが分割される。これによりゆがみの力が逃げ発熱が減るのだ

 また、トレッドの中央寄りにはエコをイメージしたリーフデザインのブロックがあるが、このリーフデザインを作るロングラテラルグルーブと、回転方向に伸びたストレートグルーブが高い排水性を確保。これらはコンピューター上のシミュレーションによって排水性をシミュレートして設計されている。

 

 このストレートグルーブのサイドにはスタビリティリブという回転方向のリブがもうけられ操縦安定性を確保。また、直進時やコーナリング時の接地圧もコンピューター上でシミュレートしプロファイルを設計、偏摩耗を防いでいる。

回転方向に連続するのがスタビリティリブ。中央寄りのリブは断続しているように見えるが、右の写真を見れば分かるとおり、その溝は非常に浅いものとなっている
左は接地形状・接地圧シミュレーションの結果、右は摩耗エネルギーシミュレーションの結果。赤い部分が圧の高いことを示すが、EC202ではコーナリング時であっても接地圧がショルダーに集中せず、トレッド全体で支えているのが分かる
タイヤの接地したときの状況は、トレッド面だけでなく、ショルダー部の丸まりかたやサイドウォールの設計などプロファイル全体で設計する

 パターンノイズの低減でもシミュレーション技術は活かされている。タイヤが接地した時の溝形状の変化をシミュレーションしたり、そのときのタイヤ溝の中の空気の動きをシミュレーションしたりすることでトレッドパターンを設計。さらに一見同じブロックの繰り返しに見えるトレッドパターンも、5つのサイズの異なるブロックパターンが用意され、それらがランダムに配列されることでパターンノイズを低減している。

 
一見同じパターンが連続しているように見えるトレッドパターンだが、よく見るとブロックのサイズが異なる。右の写真の囲った二つのブロックを見比べるとわかるだろう。向井氏によれば、5つのサイズのパターンを不規則に配置することでノイズを低減するのだと言う

 EC202はより広くのユーザーに訴求するため、サイズラインアップを豊富にそろえているのも特徴。現時点では64サイズをラインアップし、8月には新たに3サイズを追加する。サイズラインアップが豊富であってもそれぞれのサイズで最適な性能を確保するため、軽・コンパクトカーなどのトレッドの狭い(175以下)タイヤサイズでは4リブを採用している。これは5リブのままではリブの幅が狭くなりブロック剛性が下がるためだ。

トレッドサイズが185以上ではスタンダードな5リブを採用するが、175以下ではセンターリブを外した4リブとなる。これはリブの幅を確保できずにブロック剛性が落ちるのを防ぐためだ
高偏平サイズでは実際にそれぞれのサイズでテストを行い、ケース剛性が不足しているものには二層サイドウォールを採用することで剛性を確保

 また、65〜80偏平の高偏平タイヤにおいては、タイヤのケース剛性が不足し、操縦安定性が不足することがある。そのためそれぞれのサイズを実際にテストし、必要と判断されたサイズにおいては、サイドウォールに通常より硬いゴムを追加した二層サイドウォールとすることで、ケース剛性を確保し、操縦安定性を向上している。

45・50・55 SERIES
インチ 偏平率 タイヤサイズ MFS パターン
17 45 215/45R17 87W  
50 215/50R17 91V  
55 215/55R17 94V  
16 50 165/50R16 75V
55 185/55R16 83V  
195/55R16 87V  
205/55R16 91V  
215/55R16 93V  
15 50 165/50R15 73V
55 165/55R15 75V
175/55R15 77V
185/55R15 82V  
195/55R15 85V  
14 55 155/55R14 69V
165/55R14 72V
60・65 SERIES
インチ 偏平率 タイヤサイズ MFS パターン
16 60 175/60R16 82H  
185/60R16 86H
(8月発売予定)
   
195/60R16 89H    
205/60R16 92H    
215/60R16 95H    
65 195/65R16 92V
(8月発売予定)
   
205/65R16 95H    
215/65R16 98H    
15 60 155/60R15 74H
(8月発売予定)
 
175/60R15 81H  
185/60R15 84H    
195/60R15 88H    
205/60R15 91H    
65 145/65R15 72S  
165/65R15 81S  
175/65R15 84S  
185/65R15 88S    
195/65R15 91S    
205/65R15 94S    
215/65R15 96S    
14 60 165/60R14 75H  
175/60R14 79H  
65 155/65R14 75S  
165/65R14 79S  
175/65R14 82S  
185/65R14 86S    
195/65R14 89S    
205/65R14 91S    
215/65R14 94S    
13 65 145/65R13 69S  
155/65R13 73S  
165/65R13 77S  
70・80 SERIES
インチ 偏平率 タイヤサイズ MFS パターン
15 70 195/70R15 92S    
205/70R15 96S    
215/70R15 98S    
14 70 165/70R14 81S  
175/70R14 84S  
185/70R14 88S    
195/70R14 91S    
205/70R14 94S    
80 165/80R14 85S  
175/80R14 88S  
185/80R14 91S    
195/80R14 95S    
13 70 155/70R13 75S  
165/70R13 79S  
175/70R13 82S  
185/70R13 86S    
80 135/80R13 70S  
145/80R13 75S  
155/80R13 79S  
165/80R13 83S  
チューブレスタイプです。
●=MFSは、MAX FLANGE SHIELDの略で、リムプロテクター付きタイヤです。
★=軽・コンパクトカー専用パターン

 先代モデルのEC201と比較してグリップや静粛性といった実用性を向上しながらも、さらに燃費では3.6%も向上しているEC202。ガソリン価格126円/Lで1万km走った場合、約3000円ガソリン代が安く済む計算とのこと。これまでタイヤは値段で選んでいたという人にとっても、次に履き替える時には、環境にもお財布にも優しい省燃費タイヤを視野に入れてみてはいかがだろうか。

(瀬戸 学)

関連リンク
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□ダンロップ、「ENASAVEシリーズ」が低燃費タイヤ基準に適合
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20100113_341994.html

□ダンロップ、低燃費タイヤの「ENASAVE EC202」を発売
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20090907_313560.html