アナログからデジタルへ
今から20年前、読者のみなさんは何をしていただろうか。ボクはすでにフリーのライターとして仕事を始めていたけど、正直なところを書いてしまうと、まだケータイは高嶺の花で、なかなか持つことができなかった。ボクよりも少し年上で、会社を経営している人や自営業の人なんかが持っていて、羨ましく思っていた。
ドコモがスタートした1992年は、まだアナログ携帯電話、つまり、第一世代の携帯電話がサービスされていた頃だ。ちょうど前年に「ムーバ」(アナログ方式)のテレビCMに、ブレイクしたブルース・ウィリスが登場していたのをよく覚えている。映画「ダイ・ハード」でブレイクしたハリウッドスターが日本の携帯電話のCMに登場することに驚かされたが、ブルース自身もインタビューで「こんなに小さくて軽いケータイなら、オレも欲しいぜ」と話していた。
そして、1993年に入ると、いよいよPDC方式によるデジタル携帯電話「デジタル・ムーバ」のサービスがスタートする。このデジタル・ムーバの時代に入り、ボクもようやく携帯電話を契約し、「デジタル・ムーバN」を手にしたが、実は、デジタル・ムーバNを『購入』したわけではなかった。同じ世代の読者なら、ご記憶だろうが、この当時はまだ端末をドコモから「レンタル」する制度が採用されていて、現在のように端末を購入できる「端末お買い上げ制度」は、翌1994年からということになる。
はじめてケータイを手にしたときの喜びは、おそらく、どの時代、どの世代でも同じだろう。今、スマートフォンをはじめて手にした高校生は、きっと大喜びで、アプリをダウンロードし、インターネットを見て、友だちに電話をかけ、メールを送ったりするだろうけど、当時のケータイは、まだメールもなければ、インターネットもできなかったため、結局、通話に使うのみなので、とにかく仕事の取引先、ボクの場合は編集部やライター仲間に「ケータイ、契約したんですよ~」と喜んで、電話番号を教えていた。その後、結局、原稿催促の電話に追われることになるんだけど……。
今では端末の代金も通話料も安くなったが、この頃はまだまだ安くなく、ボク自身はちょっと背伸びをしてケータイを持ってみたものの、基本的には掛かってくるのを待つことが中心だった。周囲で使っている人もまだ少なく、どちらかと言えば、ビジネスツールとしての側面が強かった。俳優の宅麻伸が演じる「課長島耕作」が登場する1994年のCMからもその雰囲気をうかがうことができる。
個人がプライベートで持つにはまだコストが高く、ビジネスのアイテムという印象が強かったケータイだが、個人は何を使っていたかというと、やはり、「ポケットベル」だろう。ポケットベルも当初は会社に持たされている人が多かったが、利用料金の低廉化などにより、女子高生を中心に一気にユーザーが増え、メッセージを送るために、公衆電話に行列ができたなんていうこともあった。ちなみに、ドコモがスタートした頃はポケットベルのCMに女優の葉月里緒奈を起用していたが、1996年のCMには、のちにiモードのキャラクターとして起用される広末涼子が登場した。当時15歳だった広末涼子は、このCMをきっかけにお茶の間でも広く知られるようになり、強く印象に残っている読者も多いのではないだろうか。
パーソナライズとモバイルインターネットの兆し
ところで、ボクよりも少し若い世代の人たちは、ドコモがスタートした1992年から1994年頃のケータイを見て、何か不思議な印象を持たないだろうか。現在ではケータイのカラーバリエーションに、赤や青など多彩な色が用意されているが、実はこの頃のケータイは、ブラック、もしくはダークグレーのものがほとんどで、現在のようなカラフルなボディカラーを採用するモデルはまったくない。これもケータイがビジネスツールのひとつであったことを裏付ける事柄のひとつだが、そんな状況にちょっとした変化も起き始めている。
1995年に発売された「ムーバ P II HYPER」と「ムーバ P101 HYPER」は、当時としては非常に珍しい「シャンパンゴールド」のボディカラーを採用し、暗い色が中心だったケータイに、カラーという個性を持ち込むことに成功した。実は、ボク自身もムーバP101 HYPERを購入したんだけど、そこには当然、「人と違うモノが持ちたい」という気持ちがあった。その後、多くの人がケータイをプライベートで持ち、ケータイのパーソナライズ化や個性化の文化が生まれてくるわけだけど、この2機種はそのきっかけとなったモデルとも言えそうだ。ちなみに、ムーバP101 HYPERをはじめ、この頃のケータイには標準セットに含まれるバッテリーとは別に、「Lバッテリー」と呼ばれる大容量バッテリーがオプションが用意されていたのを覚えている人も多いだろう。シャンパンゴールドのP101 HYPERにもちゃんと同じカラーのLバッテリーが用意されていた。
また、端末だけでなく、ユーザーの利用シーンについても1996年頃から少しずつ変化の兆しが見えてくる。たとえば、1996年の織田裕二が登場するCMの「10円メール」は、モバイルの利用シーンを大きく変えるきっかけとなったサービスだ。10円メールは当時のマスターネット(現在はGMOインターネット傘下のZERO)がドコモの携帯電話向けに提供していたEメールサービスで、当時としては驚異的に安い1通あたり10円でメールを送受信することを可能にしていた。今ではパケット定額サービスを利用することで、メール送受信の料金をあまり気にせず使うことができるが、この頃のデータ通信は現在のようなパケット通信ではなく、回線交換で接続するため、音声通話と同じように、接続した時間に応じて、課金されていた。もし、パソコンでメールの送受信をしようとすると、プロバイダーに接続し、メーラーを起動して、送受信という流れになるため、手際良く操作できたとしても数十円、ヘタをすれば、1通あたり100円以上、掛かるケースもあった。ところが、10円メールはドコモのケータイから発信者番号通知を有効にして、専用アクセスポイントにダイヤルアップすることで、呼び出し中に必要なメールサーバーとの接続を準備し、回線が接続された段階で一気にデータを転送するというしくみを実現し、1通あたり10円という低廉な料金のメールサービスを提供することができていた。
この10円メールのサービスの特徴を活かし、ドコモはこの頃からモバイル端末を次々と開発し、「モバイルコンピューティング」というキーワードを定着させていく。そして、1997年には「ポケットボード」という大ヒット商品を生み出すことになる。ポケットボードは10円メールの機能を搭載し、携帯電話に接続するケーブルを内蔵することで、それまでケータイのメールには少し縁遠かった女性ユーザーが急にケータイやモバイルを身近に捉えてくれるようになった印象だ。ポケットボードについては、ボク自身も書籍を執筆したり、ユーザーの方にもインタビューをしたが、アクティブな女性モバイルユーザーの原点はここに始まったとも言えるくらいのインパクトだった。
現在ドコモが提供するFOMAやXiといったデータ通信サービスは、快適な速度で料金も定額で利用できるが、そこに至るまでの成長に大きく影響を与えているサービスがこの時期にスタートしている。それは1997年にスタートした「DoPa」だ。DoPaは「Docomo Packet」の略で、PDC方式によるデジタル携帯電話でパケット通信を実現するというサービスだ。このパケット通信の実現により、それまで時間単位で課金されていたケータイのデータ通信が転送したデータ量で課金することが可能になり、それまでになかった新しいサービスを生み出すことになる。そのひとつが1999年にサービスを開始し、ドコモを代表するサービスへ成長する「iモード」に結びつく。
DoPaについてはボク自身がモバイルコンピューティングに興味を持っていたこともあり、いち早く取材で「デジタル・ムーバ P301 HYPER」をノートパソコンで試すことができたが、当時の自分の原稿を読み返してみると、「PDC方式の回線交換での接続に比べ、ダイヤルアップ接続での接続までの時間が非常に短く、すぐに使える」「移動中に利用したとき、電波状況の変化によって、データの送受信が途中で失敗したり、接続が切断されてしまうことがないため、安定したモバイルコンピューティング環境を実現できる」といったことを書いていた。当時はまだパケット通信の定額サービスがなかったため、残念ながら個人で導入には踏み切れなかったが、モバイル好きの編集者やライターから「見せて、見せて」と言われ、テスト中に編集部などで何度となく、デモをしたことを記憶している。
実は、1998年6月までNTTドコモの社長を務められ、その後、会長に退かれた大星公二氏にお会いしたとき、「ボクらが作ったDoPaがあるからこそ、今のiモードがある」とおっしゃっていたが、確かに、DoPaというパケット通信サービスという土台があったからこそ、誰もが手軽にケータイで『通信』をできるようになり、iモードという新しいモバイルのスタイルを生み出したと言えるだろう。NTTドコモのさまざまなサービスは、こうした自らが創り出す技術によって、支えられているからこそ、着実に成功に結びついていると言えそうだ。
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※ 掲載の内容は2012年7月24日現在の情報です。
---第2回(7月30日掲載予定)は、
iモードの誕生やFOMAのサービス開始などを追っていきます。
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 7」、「できるポケット docomo AQUOS PHONE SH-01D スマートに使いこなす基本&活用ワザ 150」、「できるポケット+ GALAXY S III」(インプレスジャパン)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。
- ■URL
- ドコモthanksキャンペーン/DOCOMO 20YEARS COLLECTION
http://walkwithyou.jp/thanks/ - 【特別企画】法林岳之が語る
「これまでも、これからも。みんなといっしょに歩み続けたドコモの20年」
第2回 iモードの成功、FOMAへの挑戦
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第3回 おサイフケータイ開始、進化を続けるFOMA
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「これまでも、これからも。みんなといっしょに歩み続けたドコモの20年」
第4回 スマートフォン&Xiでもっと楽しく、もっと便利に
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