ブリヂストンは、創立80周年を迎えた歴史ある日本のタイヤメーカーであり、世界的に見てもトップブランドとして知られている。
そんなブリヂストンのハイエンドラインナップに、「REGNO(レグノ)」というプレミアムブランドがあるのをご存じだろうか。
このREGNOブランド、今年で30周年を迎えるほどの老舗ブランドなのだが、ただ歴史があるというだけでない。ブリヂストンが持つ最先端タイヤ技術を集め、静粛性や乗り心地、運動性能などすべての面で高次元にバランスさせたモデルなのだ。
今回、その30周年を記念して登場した最新のREGNO「GR-XT」は、REGNOブランドとしての高性能さに加え、環境性能も重視したエコタイヤとしての側面も持ちあわせており、ブリヂストンのタイヤラインアップの中でもトップ・オブ・ザ・トップとして訴求されるものだという。
今回幸運にも、このGR-XTを装着した車両での試乗と、GR-XTマーケティング担当者へのインタビューの機会を得られた。クルマ好きとはいえ、極めて一般ユーザーに近い立場にいる筆者の目線で、このプレミアムタイヤ、GR-XTを見ていくことにしたい。
一般道向けのタイヤには溝が不可欠だ。晴天向けのレーシングタイヤには溝がないもの(あるいは極端に溝が少ないもの)があるが、あれは路面との接地面積だけを重視した特殊な用途のタイヤであり、溝は市販用のタイヤにはどうしても必要になる。
様々な役割を担う溝があるが、最も基本的な溝が縦溝で、これは雨天時の路面上の水を排水し、ウェット路面におけるグリップを確保する機能を果たす。
山口氏:
「タイヤは走行時に高速回転しますが、タイヤ表面が路面に設置すると溝はふたをされる形となり、丁度笛のような現象が起きて、1kHz前後の周波数帯の共鳴音が発生します。これが『ヒュー』や『シャー』といった音なんです。我々は、この1kHz前後のノイズを徹底的に低減するためにあらたなノイズ低減技術を開発しGR-XTに採用しました。それが、『3Dノイズ抑制グルーブ』です。」
GR-XTに採用された3Dノイズ抑制グルーブとは、メインとなる縦溝に対して横に消音器を配して構成される。この技術は実はREGNOシリーズでは、2007年に登場した先代の「GR-9000」にてすでに採用されている。
山口氏:
「GR-XTでは、この縦溝の横に配した消音器を立体的な形状にしたんです。だから"3D"ノイズ抑制グルーブなんです。この消音器は『3Dヘルムホルツ型消音器』と呼ばれ、GR-9000の消音器より小型化されているのが特長です。GR-9000の時は2本の縦溝に対して消音器を配していましたが、GR-XTでは4本の縦溝全てに対して消音器を配しています。これによりGR-9000のときよりも、より効果的なノイズ低減が実現できているんです。」
いくつか難しいキーワードがでてきたので解説しよう。
走行時の共鳴音は縦溝がある以上は避けられない。騒音は音、すなわち音波なので、これを減衰するには音波をユーザーに聞こえないように遮断するか、音波そのものを弱める必要がある。前者の「遮断」を目指すための機能は後述するが、3Dヘルムホルツ型消音器は、後者の「音波そのものを弱める」効果をもたらすものになる。
さて、この3Dヘルムホルツ型消音器では、消音機能の実現に際しては、その名前ズバリの「ヘルムホルツ共振現象」を利用している。
簡単にいうと、ある密閉された空間に対して音波が入ってくると、それまでそこにあった空間の空気がこの音波の圧力で圧縮されたり、逆に空間内の空気が反発して膨張したりする。こうした、"やってきた音波"と"密閉空間からの反発音波"との共振がヘルムホルツ共振現象だ。
穴のあいたバスレフダクト付きのスピーカーを見たことがあるだろう。あれはヘルムホルツ共振現象を応用して低音を増強している。幼い頃楽しんだ、空き瓶をフーっと吹いてボーと音が鳴る"瓶笛"もヘルムホルツ共振現象によるものだ。
GR-XTの3Dヘルムホルツ型消音器は、まさにこの現象をタイヤの溝で応用するもので、この共振を発音ではなく消音に応用できるように、縦溝の横脇に設けられた側室の容量を変化させている。騒音と、エネルギー的に相殺できるような音波を側室で生成するように、側室の容量や配置を最適化しているのだ。
周囲の騒音が聞こえなくなるノイズキャンセリング・ヘッドフォンという製品があるが、あれは電気的に周囲の騒音の逆位相音を発生させて騒音低減を行っている。3Dヘルムホルツ型消音器は、あの消音原理を物理現象で実践している…と理解してもらっていい。
山口氏:
「"3D"の部分は彫刻刀で削ったような"奥行き方向に広がる消音器側室デザイン"になっているところから命名されています。この現象を実体験してもらえるようにと、販促品でこんな模型も作ったんですよ(笑)。」
この模型は、フォン単体だと押すと音が出るが、GR-XTの3Dヘルムホルツ型消音器を模した筒に接続して鳴らすと、音が消えてしまう現象を実体験できるものだ。実際に筆者も試してみたが、確かにフォンのプーという大きな音が、この消音パイプに接続しただけで見事に減衰してしまうことが確認できた。筒の両端は開いており、クラクションを押し込んだ分の空気はちゃんと出口から抜けているので音を封じ込めているわけではない。結果だけ見せられれば、まるで手品のようだ。
山口氏:
「この3Dヘルムホルツ型消音器をタイヤの正面方向から見ていただけると分かるんですが、各消音器の大きさが微妙に異なっているのがわかりますか? 路面に対して接地している各箇所で発生する騒音の周波数が変わってくるので、この大きさの違いが消音効果の対象周波数領域を広げる効果をもたらしています。つまり、路面状況により接地状態が変化した際にも効果的に働くんです。また、GR-XTでは、GR-9000の消音器よりも小型化されていることで、限られた接地面内でより多くの消音器に仕事をさせることに貢献しています。」
そこまで考えているとは…。
車の走行音には、前述したような、路面と縦溝の間を空気が通り抜けることで発生するものを含むパタンノイズと、もう一つ、タイヤが接地している路面から受ける振動によって発せられるものがある。これは一般にロードノイズに分類される。
山口氏:
「形状的な工夫は、タイヤの側面にもあるんです。それが『3Dノイズカットデザイン』です。この側面にあるダイヤカットのように見える凹凸のデザインがそうです。実際に見て触っていただくと分かりやすいんですが、このダイヤカットの四辺形部分が窪んでいて、このダイヤカットがクッションの役割を果たして騒音が車内に伝わってくることを緩和します。」
GR-XTの静粛性能は、騒音の発生を抑える技術と、騒音を遮断する技術の相乗効果によって実現されていると述べたが、3Dノイズカットデザインはその両方を一石二鳥的に実現する機構といえる。なお、車内に伝わってくる騒音は、乗車しているユーザー側から見てタイヤの内側で発生するノイズの影響が大きく、その意味合いからこの3Dノイズカットデザインのダイヤカットマークはタイヤの内側側面にのみ、あしらわれているとのことだ。
GR-XTには、こうした「騒音の遮断」的アプローチの静粛性実現がもう一つある。それが「ノイズ吸収シート」の組み込みだ。これはタイヤの表面側ではなく、内部構造としての工夫になる。
タイヤを構成する数ある部位のうち、溝などを含む表面側は「トレッド」といい、このトレッド部の強度を維持して剛性を高める役割を果たす部位が「ベルト」になる。路面から受けた振動はタイヤのトレッド部を経て、ベルト部に伝わり、このベルト部の振動が騒音として車内に伝わってくる。ノイズ吸収シートはポリエチレンナフタレート(PEN)でできていて、このベルト部の振動を抑えて、車内へのロードノイズの伝達を低減させるというわけだ。
高まる環境への意識に伴って、ユーザーは低燃費タイヤに強い関心を持っている。タイヤにおける低燃費要素において、最も重要なファクターとなるのが「転がり抵抗」だ。
一般に、転がり抵抗が小さいタイヤの方が低燃費だとされる。タイヤにおける転がり抵抗は、路面に対する形状等の変形という要素が支配的だ(この他、接地摩擦や空気抵抗といった要因もある)。
ピンとこなかった人は、空気の抜けたタイヤを付けた自転車に乗ったときのことを思い浮かべてみよう。ペダルが重くなるのは容易に想像できるはずだ。あの現象は、空気が抜けたことで接地面に対して面積が大きくなり、摩擦抵抗が大きくなったからだ。自転車と正反対の事象として身近なのは鉄道だ。列車が止まりにくいのはその車輪が鉄でできていて変形しにくく転がり抵抗が極めて小さいからである。タイヤにおいて転がり抵抗を上げようとすると、空気圧の要素を除外して考えれば、直接的には接地面での変形を押さえることだ。つまり、トレッド部の剛性を上げることが直接的な改善になる。GR-XTではタイヤサイド部の形状をやわらかくすることで、相対的にトレッド部の剛性向上に繋げている。
一方、ゴムについては路面に接地するトレッドゴムのエネルギーロスをミクロの世界で低減させる必要がある。それはカーボンブラックの量を減らすことだ。「タイヤの色が黒いのはこのカーボンブラックが配合されているため」というのは豆知識として知っている人も多いことだろう。
この低下したグリップ性能を取り戻せる能力を持つ素材がシリカ(二酸化ケイ素:SiO2)系素材になる。シリカは、トレッドゴムが路面表面のミクロな凹凸と擦れあった際の高速変形時に、ゴムが硬くなりすぎない効果(すなわち柔らかさを維持できる効果)ならびに入力エネルギーを吸収する効果をもたらし、高速変形かつミクロの世界での摩擦を向上させる効能を持つ。この特性を応用すれば、雨天時にグリップ性能を維持できたり、制動距離の短縮といった性能をタイヤにもたらすことができる。
山口氏:
「GR-XTは、ブリヂストンが誇るNanoPro-Tech®という技術によりナノスケールでタイヤ素材の分子配列をコントロールした設計・開発がなされ、製造されています。具体的には、転がり抵抗の低減と高いウェット性能、走行安定性を実現するために、カーボンブラックやシリカなどの配列配置をナノレベルで制御しているんです。GR-XTはREGNOブランドですが、転がり抵抗の低減効果によって優れた低燃費性能を実現したため、ブリヂストンの低燃費タイヤブランド『ECOPIA』の名もサブネームとして与えています。」
GR-XTはREGNOブランドなので、どうしても静粛性や快適性重視のタイヤに思われがちだが、実は低燃費タイヤでもあるのだ。GR-XTは、ある意味、REGNOとECOPIAのダブルブランド製品ということもできるだろう。
ちなみに、日本自動車タイヤ協会が定める低燃費タイヤのグレード(ラベリング制度)において、GR-XTは転がり抵抗グレード「A」、ウェットグリップグレード「b」を獲得している。ちなみに、それぞれAおよびd以上が低燃費タイヤで、ウェット性能bは十分高性能であると捉えて良い。
山口氏:
「加えて、GR-XTは、そうした低燃費タイヤとしての高性能と同時に、ブリヂストンのプレミアムタイヤらしい乗り心地も両立している点が特長といえます。タイヤの形状をIn側(車体側)とOut側(外側)とで形状を変えています。これも近づいて見ていただけると分かるんですけど、In側が四角寄りなスクウェア形状になっていて、Out側が丸寄りなラウンド形状になっているんです。車の走行にはサスペンションのキャンバー角などの影響でIn側への負荷が多く掛かるため、GR-XTではIn側に剛性を持たせる目的でスクウェア形状にしています。」
なお、同社のスポーツ系タイヤ「POTENZA RE-11」では乗り心地よりも絶対的なコーナリング性能を重視している関係で、コーナリング時の負荷を重視してOut側をスクウェア形状にしているそうだ。そのタイヤのコンセプトにあった設計をしているということなのだろう。
山口氏:
「それと、GR-XTはREGNOブランドの認知度拡大と多くのお客様に利用してもらいたいという意味合いからコンパクトカー向けのサイズも保有しています。REGNOブランドはハイエンド製品なのでこれまで上級セダンのお客様が多かったのですが、GR-XTは低燃費タイヤとしての側面もありますから、ぜひともコンパクトカーのお客様にも『タイヤが変わると車が変わる』ことを体感していただきたいんです。履いていただければ違いが良く分かると思います。」
コンパクトカーユーザーへの訴求は、かなり本気なようで、14インチや15インチといったコンパクトカーに多いサイズの開発に際しては、細かい性能特性を大きなサイズとは別設計にして最適化を図っているそうだ。
「履けば違いが良く分かる」という山口氏の訴えだが、これはよくある通り一遍のメッセージではない。
ブリヂストンが展開するタイヤショップ「タイヤ館」と「COCKPIT」では、GR-XT購入者に対し、その性能に満足できなかった場合には、30日間の期限付きで同サイズの他ブランド製品に交換、差額返金のキャンペーンを行っている(5/31までの装着分まで)。これはかなり製品に自信がなければできないキャンペーンだ。興味のある人は是非とも最寄りのタイヤ館・COCKPITに来店してみて欲しい。
実際にメルセデス・ベンツ E250 ステーションワゴンで、標準タイヤとGR-XTに履き替えての試乗インプレッションを行ってみた。サイズは四輪すべて225/55R16だ。試乗コースは、一般国道から首都高までを回る約40kmの道のりで、標準タイヤとGR-XTとで1セットずつ走行した。
標準タイヤと比較して、走り出してすぐに分かるのが"聴感上の静粛性"だった。これは気のせいではない。
実は、人間の聴覚というのは実にいい加減だが、それでいてわがままな特性を持っている。男性も女性も発生される音声の周波数は200Hz〜4kHzとされていて、その中間周波数は1kHzといわれている。女性は声が高いイメージがあるし、高い声も出せるが、会話に用いられる音声周波数の主成分は男性とそうは離れていない。この中間周波数の1kHzという帯域は人間にとって最も注意が働く周波数帯であり、通信や放送の世界では1kHzの音声というのが1つの基準となっている。余談ついでに付け加えておくと、試験放送時のカラーバー表示と同時に流される音声は1kHzだ。
人間にとって意識が行きやすい1kHzの音声。逆に言えば、耳障りな音にもなり得る。車に乗車していて「うるさい」と感じられる騒音はその中の1kHz帯、およびその前後と仮定でき、それらを低減することができれば"聴感上の静粛性"を獲得することへの最適解となるはずだ。GR-XTがこだわったという1kHz帯のノイズ低減は、確かにそれを体現できていると感じる。
そして、速度を上げたときのロードノイズの絶対量が小さくなっていることも実感。さらに、高速道路の継ぎ目を乗り越えたときのショック音やゼブラ帯の走行音も"なめらか"にフィルタリングしてくれる。これらは3Dノイズカットデザインやノイズ吸収シートが性能を発揮しているために得られる特性なのだろう。
ハンドリングはどうか。
サーキット走行ではなかったので、グルグルステアリングを回すような過激な試乗はしていないが、首都高での追い越し加速や追い越す際の車線変更の際のフィーリングは標準タイヤと比較して全く遜色がなかった。「静粛性重視タイヤで低燃費タイヤ」というイメージから連想される走行性能に関してのマイナスイメージは一切なく、ステアリングを切れば標準タイヤと同等かそれ以上のレスポンスが返ってくる。この辺りは、GR-XTの非対称パタン設計や非対称形状の効果が現れているとみていい。
筆者は趣味の範囲内ではあるがクルマ好きを自負する人間だ。車の運転をするようになってかれこれ20年近くになるわけだが、初めて自分で購入した車を自分好みに仕上げていく中で、当時の未熟な自分はタイヤに関しては全く無頓着であった。エンジン出力やサスペンション、ブレーキのグレードアップにばかり気が行っていて「タイヤは丸くて黒いゴム製品。どれも同じ」という、今考えればなんとも恥ずかしい、しかしありがちな初心者の車フリークだった。
しかし、チューニングレベルは低いが同じ車種で上級のタイヤを履いている友人の車を運転して、目から鱗が落ちることとなる。タイヤだけで車はここまで変わるモノなのか、と。
よくよく考えれば当たり前のことなのだ。結局、どんなにエンジンの出力を上げようが、サスペンションをしなやかに高精度に動くものに変えようが、ブレーキを制動力の優れたシステムにリプレースしようが、自動車は4つのタイヤの葉書1枚程度の領域が地面とコンタクトしているだけの移動体であり、最終的な性能はタイヤで決定づけられるのである。
どんなに高品位なAVアンプだろうがスピーカーがショボければ音は悪くなるし、ハイエンドPCや最新ゲーム機で大作ゲームをハイビジョンで動かしたとしても、低解像度で表示遅延の大きいディスプレイではゲームがまともにプレイできないのと同じだ。
タイヤは車にとって最終アウトプットデバイスなのである。
車の最終出力デバイスであるタイヤのグレードアップは、その車の最大性能を活かすことにも繋がり、その乗り味を上質にしてくれる…。
GR-XTの試乗経験はそんなことを思わせてくれた体験であった。
トライゼット西川善司大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。AV Watch誌ではInternational CES他をレポート。GAME WatchではPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。ブログはこちら。近著には映像機器の原理を解説した「図解 次世代ディスプレイがわかる」(技術評論社:ISBN:978-4774136769)、3Dゲームグラフィックス技術の仕組みをまとめた「ゲーム制作者になるための3Dグラフィックス技術」(インプレスジャパン:ISBN:978-4-8443-2755-4)や「3Dゲームファンのためのグラフィックス講座」(インプレスジャパン:ISBN:978-4-8443-2951-0)がある。 |