1953年に、シャープが国産第一号のテレビ「TV3-14T」を発売してから58年。その間、「夢のテレビ」と言われてきたものがいくつかある。中でも特にあこがれが強いのが「壁掛け」テレビである。ブラウン管が主力であった時代、壁掛けはまったく不可能だった。それが液晶を中心とした薄型テレビの時代になり、誰もが「やろうと思えばできる」レベルへと到達した。
しかし、壁掛けはいまだ「夢」にすぎない場合が多い。薄型テレビといえど、すべての家庭で安価にできるものではないからだ。
壁掛けには専用金具が必要だ。また、金具が壁から落ちないようにするには、きちんとした工事が必要になる。なぜなら、多くのテレビは「薄型」にはなったが、まだ「軽く」はなっていないからだ。一般的な液晶テレビは50型以下の製品であっても、10〜20kg程度ある。ブラウン管に比べれば比較にならないほど軽いが、絵画の額のように「壁に掛ける」にはまだまだ重い。専用金具を使った工事が必要になるのは、主に安全性のためである。
しかし、それがF5では変わる。
F5には、パッケージの中に「壁掛け金具」が標準で添付される。これを壁にとりつければ、実に簡単に、それこそ壁に絵でもかけるように「壁掛けテレビ」ができあがる。付属の金具も、これまでのものと違い実に簡素なものだ。
なぜこれでいいのか? 理由はもちろん「軽い」からだ。
F5は、他の同社製薄型テレビに比べ、約30%〜50%軽くできている。最も一般的なサイズである40型では8.5kg、32型では5.5kgしかない。既存モデルの場合、40型(LC-40V5)で14kg程度であったから、大幅な重量削減といえる。一般家庭向けとしては最大クラスである60型であっても21kgだ。厚みも32,40V型の最薄部は2.7cmとかなり減っており、このあたりも壁掛けにはプラスになっている。さらに、壁掛け金具にも改良が加えられている。壁面から本体前面までの距離は40型でも、たったの4cmである。壁に張り付いていると言っても過言ではなく、本当の「壁掛け」テレビがついに登場したという感慨を覚える。
薄く、軽くなった理由は、パーツ点数や構造の見直しといった、地道な努力による部分が少なくない。しかしそれ以上に大きいのは、「テレビ」としての構成を、パネルを中心とした本体のみの「1ボディ構成」から、パネル部+チューナー部の「2ボディ構成」にしたことだ。パネル部は壁にかけているが、テレビチューナーなどを内蔵したチューナーユニットは外付けにすることで、パネル部に内蔵される機器をシンプルにし、その分重量を減らした、ということになるわけだ。
「なあんだ、それなら当たり前でしょ」
そんな風に思う人もいそうだ。薄型テレビ勃興期には、現在主流の1ボディよりも2ボディ構成の製品が多かった。当時は技術的に1ボディ化が難しかったからだが、2ボディ構成のテレビというと、その時代を思い出す人が多いだろう。
だが、違うのだ。
F5は2ボディ構成だが、これまでのものとは大きく異なる点が1つある。
なにしろ、ケーブルが1本、電源だけしかないのだ。
テレビを壁にかけるのはいいが、問題は重量だけにとどまらない。テレビアンテナや外付けHDD、インターネットなどと接続するためのケーブルなどがテレビに接続されるため、壁を何本ものケーブルが這い回ることになる。これでは興ざめだ。壁掛け時に大規模な工事を行う理由の一つには、ケーブルをうまく壁の方へ回し、美観を損ねないようにする、という狙いもあった。
だがF5では、パネル部から出るケーブルは電源1本。壁にかけても問題ないし、机の上や床の上などに置いてもいい。このような特性から、シャープはF5を「フリースタイルAQUOS」と呼んでいるわけだ。
では、なぜF5は「ケーブル」の問題を解決できたのか?
そこにあるのが「ITの力」である。
F5では、チューナー部とパネル部の間を、ケーブルでなく「無線通信」でつなぐ。無線通信でつなぐのであればケーブルが不要になるのも当然だ。
実際には、これまでも、パネル部とチューナー部を無線通信でつなぐテレビは存在しており、無線通信を使うテレビはF5が初めてではない。だが、それらとF5とは考え方が少し異なる。
F5では、特別な専用規格を利用するのではなく、パソコンやスマートフォンなどで使われる「無線LAN」規格(5GHz帯のIEEE 802.11a/n)を利用している。無線LANを使うというと、他のネットワークに干渉を受けて画質が落ちそうに思えるが、そういったことはほとんどない。一般的に使われる2.4GHz帯の電波を利用しないからだ。また、その昔の「無線テレビ」は、低速な無線通信で映像を伝送するために、テレビ放送の映像を伝送時に再度圧縮していたため、画質劣化につながっていたが、802.11a/n規格の場合、実効通信速度は十分に速いので、F5では再圧縮をしない。放送からチューナーに届いた映像データを、再加工せずMPEG-2 TSストリームのまま、バケツリレーの要領で受け渡すことになる。これなら圧縮による画質劣化はほとんどない。
技術の進展により、特別な規格を使わずとも「テレビで無線」が使えるようになったことは、F5のような製品の実現を後押ししている。だが、シャープが汎用の無線LAN規格を採用した理由はそれだけではない。
例えば「伝送距離」。特殊な通信を使うと、その通信同士が届く距離でないと、チューナー部とパネル部を配置するのは難しい。しかし無線LANを使ったF5の場合には、間に無線LANルーターを配することで、パネル部>無線LANルーター>チューナー部という風に、家庭内LANを間に挟み、より遠い距離にパネル部とチューナー部を離すことができるようになる。別のいい方をすれば、「汎用ネットワークを使い、家庭内LANにテレビの映像を配信する」ようなカタチで使えるわけだ。
汎用ネットワークが使えるメリットは「放送」だけに留まるものではない。
テレビはもう「放送」を見るだけのものではない。これからは、ネットの世界へとつながり、映像配信やニュース・天気予報・ゲームなどを楽しむ窓口となる。加えてもちろんAQUOS PHONEによる様々な「スマート機能」も装備。この動きが「スマートTV」という存在へとつながっている。
テレビがネットにつながるには、当然、なんらかの方法で家庭内LANにつなぐ必要が出てくる。ケーブルを使って繋いでもいいが、レイアウトの自由度などを考えると「無線LAN」を使うのが、これからは一般的となるだろう。
実はF5には、先行して発売され「先駆け」となったモデルが存在する。それは、6月に発売された「LC-20FE1」である。2ボディ構成で、5GHz帯の無線LANを使ってパネルとチューナー部を分割する手法は、ほぼこのモデルで実現されているものといっていい。実際、LC-20FE1の類似モデルとして、F5シリーズには「LC-20F5」が用意されているほどだ。LC-20FE1は、小型でバッテリーを内蔵し、テレビそのものを色々な場所へ持ち運んで使ってもらおう、という文字通りの「フリースタイル」を目指したものだった。
F5はこれを大型化し、家庭のメインのテレビとして使えるように改善していったものといっていい。テレビとしての高画質化回路などはもちろん、60、40V型は倍速技術搭載など、「メインのテレビに求められる機能」を搭載している点が違う。
FE1では、パネル・チューナー間の無線通信だけでなく、テレビ内蔵のネットワーク機能も従来モデルに比べ大幅に改善されていた。F5ではその方向性がさらに強化され、AQUOS L5シリーズと同様、同社が提案する最新の機能が搭載されている。
テレビを「レイアウトフリー」にするために無線LAN技術を使うなら、その無線LANをそのままインターネットへの接続手段と併用してもいいはず。無線LANを家庭内で活用するなら、AQUOS PHONEなどのスマートフォンと連携し、文字入力を簡単にしたり、携帯電話へのメール・電話の着信をAQUOSの側に表示したり、といったこともできるようになる。多くの機種では、標準の接続方法は「有線」。無線はまだオプションという機種が多い。どちらを使うかはあくまでユーザーの判断によるが、パソコンで無線LANが当たり前に使われるようになったように、テレビでも当たり前になる日は遠くないあろう。
テレビが「つながる」ことにより、価値はどんどん高まっていく。その時、無線LANの存在が重要となるのであれば、テレビに無線LANをつけるだけでなく、無線LANの価値を最大限に活用することを狙い、テレビそのものを見直したのがFシリーズである。テレビを徹底的に「無線LAN化」していくと、その行き着く先は「フリースタイル」だった、ということなのだ。
(西田宗千佳)
■関連情報
□AQUOS F5 製品情報
http://www.sharp.co.jp/aquos/lineup/f5/index.html
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http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20110825_471054.html